第12話 抹茶アイス

 山根の買ってきたペットボトルのお茶を茫然自失の体で飲みながら、漸く坂田は現実の世界に戻ってきた。

「坂田君、大丈夫?」

「え……ああ、うん」

「凄かったね、斉木君」

「ああ……うん」

 既に他のバンドが演っている。しかし、斉木たちの後は正直気の毒になってくる。最早坂田の頭の中には斉木のサウンドと、あの絡み付いて離れない熱を帯びた視線がこびりついている。

「おーい、坂田、山根」

 不意に後ろから声がかかった。ハッと振り返ると首から赤いストラップを下げたままの斉木が、ドーナツの袋を下げてアイスクリームを三つ持って立っていた。

「斉木君、凄いじゃん! 何あれ、プロみたい」

「みたいって何だよ、俺はプロだよ。これ食うか?」

「食べる食べる~!」

 ぼんやりしている坂田を放置して、斉木と山根が盛り上がっている。

「アイスなー、バニラとイチゴと抹茶があんの。どれがいい?」

「あたし抹茶」

「坂田は?」

「あー、僕イチゴ」

「丁度良かった、俺バニラ派。あっちにベンチがあんだよ、行かね?」

「行く行く、ほら坂田君早く~。アイス溶けちゃう」

 山根が坂田の手を引いていると、姉と弟のようにしか見えない。そんな二人を見て、斉木はクスクス笑っている。

 ベンチには坂田を真ん中に挟んで三人で座った。

「抹茶、味見したい人ー」

「うぃーす」

「斉木君、遠いし。顔出して」

 斉木が右側から坂田の前に顔を出すと、山根が抹茶アイスを掬ったスプーンを左から目の前に差し出す。斉木がそのスプーンを咥えるのを目の前で見ていると、サックスのリードを咥えている時の斉木を思い出す。何故かその仕草が恐ろしく官能的に見えて、坂田は思わず目を逸らす。

「いつからプロやってんのよ」

「中一の時かな。少し後のバンドではピアノ弾くよ。契約してっから」

「すっごー! ちょっと坂田君大丈夫?」

「え……うん」

「さっきの斉木君の演奏聴いてから、ずっとこの調子なんだよ、坂田君てば」

「当たりめーだろ。ステージからピンポイントで犯してやったんだから」

 それを聞いて坂田は自分でもわかるくらい真っ赤になる。だか、会場は野外な上にもう夜で、顔色までは見えない。この会場に坂田は内心感謝した。

「やっぱホモダチだったんだ。なんでこんな美少女がいるのにあたしを犯さないかな」

「山根、絶望的に色気が無い」

「酷っ!」

「さっきの……」

 やっと坂田が口を開く。

「あ? どーした?」

「あの曲、すっげーいい曲だったな。斉木がテナー吹いたあの最初の曲」

 坂田がぼーっとしたまま言うと、それを聞いた斉木は嬉しそうに笑う。

「お前センスいいな。あれ、俺が作った曲なんだぜ」

「えー! うっそ、マジでー?」

 山根が椅子から立ち上がって叫ぶ。坂田は目をまん丸くしたままだ。

「ちょっと、凄いじゃん斉木君! ねーねー、なんて曲? タイトルは?」

「『空が茜色に染まるころ』っての。詩人だろ?」

「あはははは~、詩人詩人!」

「山根、ぜってーバカにしてんだろ」

「違うよ~、超リスペクトしてるしー!」

「ほんとかよ、嘘くせーな」

 笑いながらも斉木はドーナツの袋を坂田の前から山根の方に出す。

「ドーナツあっぞ。食うべや?」

「食べる食べる~! チョコファッションある?」

「あったと思う。勝手に探せ」

「サンキュ~。斉木君、気が利くねー」

「やっぱお前、色気より食い気だな」

「いいのっ」

 山根がドーナツの袋をガサガサと掻き回していると、斉木が坂田の耳元に顔を寄せる。

「イッたか?」

「えっ?」

 坂田がギョッとすると、斉木はクスクス笑っている。

「その感じじゃまだだな。次のピアノでイかせてやるよ」

「なっ、何言って……」

「バカ、冗談だよ」

 目を白黒させている坂田の後ろで、山根が「ナニナニ~? もーこのホモダチ、二人でイチャイチャしないでよー」などと言っている。

「さーてそろそろ次の準備があっから俺行くわ。二人とも楽しんで行けよ」

「うんありがと! 頑張ってね~」

 山根の応援に斉木は軽く片手を挙げて応えると、そのままステージ袖の方に消えて行った。坂田はそれをぼんやりと見送る事しかできなかった。

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