第13話 帰宅部

 終業式の日が来た。夏休み前の浮足立った気分と、恐怖の通知表に打ちのめされる絶望感が一遍に押し寄せる、何とも落ち着かない日である。しかもこの日に夏休みの宿題が出され、その上クラブ活動の予定まで出されるのだ。全校生徒の足が地に着いていない。

 テストの順位が貼り出されてからというもの、それまで全く目立っていなかった坂田が急に注目を集め始めていた。それと言うのも、学年二位の水谷を断トツで引き離しての堂々一位だったからだ。水谷はこの辺りの中学では優秀な事で有名だった。進学塾などで行われる公開テストで常にトップだったからだ。

 だから水谷本人も、自分より優秀な奴がいるなど思いもよらなかったのだろう。坂田に俄然興味を持ち始めたようだった。

 坂田自身は引越し前の中学では順位の話などした事が無かったし、塾にも行っていなかった為、高校で順位が貼り出された時には本人が一番驚いていた。

 その日の放課後、吹奏楽部で夏休みの練習日程が発表されたが、斉木が突然退部届を出した事で大騒ぎになっていた。

 斉木無しに全国大会に行く……斉木に期待していた顧問や部員たちはハンマーでぶん殴られたような気分になっていた。が、正直、二軍のパーカッション連中は密かにそれを喜んでいた。斉木がいる限り絶対に一軍に上がれる事は無いからである。

 サックスのパートリーダーは坂田の面倒を誰が見るのかと斉木に迫ったが、それを聞いた坂田が即座に「自分も」と退部を申し出たことで、斉木はそれ以上何も言われる事は無かった。予定していた訳でも無く、斉木と坂田は仲良く帰宅部になったのである。

 学校からの帰り道、斉木と坂田は笑いが止まらなかった。坂田はともかく、斉木が吹奏楽部を辞める、有り得ない話だ。コンマスのいないオケをどうやって誰がまとめるのか。

 クラシックもジャズもさっぱり知らなかった坂田でさえも、既にそんな話で笑えるほど斉木にいろいろ仕込まれていた。あんなに嫌いだったピアノも、先日のジャズフェスでの斉木の演奏を聴いてから、どうしようもなく好きになってしまった。やはり入口と言うかきっかけは大切だ。

「なぁ、今日俺んち来ねぇ?」

「いいよ」

 喋り足りない二人はファーストフードでハンバーガーを仕入れて、斉木の部屋に向かった。勿論店で食べてもいいのだが、ゴチャゴチャとうるさい空間で食べるよりは斉木の部屋で上質な音楽を聴きながら食べたかったのだ。

 吹奏楽部の話、先日のジャズフェスの話、山根の話、坂田の成績の話、お互いに話したい事がありすぎて、このまま家に帰るなど、到底不可能だった。

 二人はワクワクしながら斉木の部屋を目指した。

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