第22話 どうしたいんだ、ボウズ?

 その日は、そのあと二人で宿題をみっちりやって、夕方には坂田は家に帰った。一日で数学の宿題が三分の二ほど終わった。ほぼ坂田がやっつけたようなものだが。

 坂田が帰ってしまうと、斉木の家は急にガランと寂しくなった。元々こういう家だったのに、たったの二日間坂田が居ただけで随分と雰囲気が違って見えた。

 斉木はその晩、いつものように部屋の灯りを落とし、間接照明だけで静かにニコラス・ペイトンのトランペットを聴いていた。こうしていると昨夜の坂田を思い出す。潤んだ瞳、濡れた唇、少し肌蹴た胸元、喘ぐような浅い呼吸。全てが女であり、坂田でもあった。

 ――俺は坂田を性的対象として見てる――その事実が衝撃的だった。坂田は斉木にとって親友であり、誰よりも心を許せる仲間だったというのに。

 次に会う時はきっとヤバい。多分歯止めが利かない。もう会わない方がいいんだろうか?

 坂田の言っていた「この話をしたら、この関係が崩れるかもしれない」の意味が今更分かったような気がした。

 ペイトンのトランペットが斉木に語り掛けてくる。「お前はどうしたいんだよ、ボウズ?」と。それが判れば苦労はしないさ……斉木はペイトンの音を睨みつける。

 そんな斉木を、いつものようにアロカシアの大きな葉が静かに見守っていた。

 一方坂田は、洗濯機を回しながら風呂に入っていた。湯船に浸かってぼんやりと斉木の事を考えていた。抱き締められた時の胸の高鳴りを思い出し、急に恐ろしくなった。両手で自分の肩を抱いて落ち着こうとするが、どうにも上手くいかない。腕の中にある双丘が「お前は女だ」と主張している。

 ――僕は男なのに! なんでこんなものが付いているんだ! こんなもの無くなってしまえばいいのに!

 坂田は忌々し気に自らの胸を鷲掴みにした。が、その瞬間、今までに無い感覚に陥った。慌てた坂田はハッとして手を離した。一瞬斉木のあの目が脳裏に浮かんだのだ。ストリング・ベースを構えた瞬間に見せたあのセクシーな目だ。途端に、自分の胸を掴んでいる自分の手を、斉木の手のように錯覚したのだ。斉木にそうされているような気がして……『感じて』しまったのだ。

 自分はどうかしてる。男なのに男に恋をしてる。男なのに女の身体をしていて男に感じている。僕は斉木に女にされてしまいそうだ。

 ――僕はもう、斉木には会わない方がいいのだろうか?

「くそっ!」

 坂田は湯船の熱いお湯で顔をバシャバシャと洗った。

 それから暫く、二人とも連絡を取らなかった。

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