第19話 普通
「坂田……それ……」
「僕にだって訳が分からないんだ。なんで男子相手にそんな気持ちになったのか、まるで理解できないんだよ。僕は性同一性障害なだけじゃなくて同性愛者なのか? こんな事ってあるか?」
「待て、それはつまり普通になったって事だろ?」
「斉木の『普通』って何だ? 僕の『普通』は、男の僕が女の子に恋をする事だ。間違っても男に恋をすることじゃない。身体が女でも僕は男なんだ」
とんでもない事を言っているのは坂田の方だ。だが、当の坂田は実に淡々と話している。寧ろ斉木の方がパニックに陥っている。
「ごめん、俺の言い方が悪かった。普通とかじゃなくて、男の俺が男のお前を好きで、女の体を持つ男のお前が男の俺を好きになる、問題ない、それでいい。もう一度言うけど、俺は坂田が男だろうが女だろうが好きだ」
「僕の身体が女でもか?」
「だから俺はお前が男だろうが女だろうがそんな事はどうでもいいんだ、俺はお前の体が好きなんじゃなくてお前自身が……」
斉木はいきなり両手で自分の頭をグシャグシャと搔き毟った。
「ごめん、俺自分で何言ってるかわかんなくなってきた」
言いながら、斉木は坂田の頬を伝う涙を拭いてやった。見ていたくないのだ、坂田が泣いているところなど。
「斉木」
「なんだ?」
「斉木は女の身体を持った男の僕を、男として抱けるか?」
「は?」
「僕を抱けるか」
斉木が焦って身体を引く。
「ちょっ……それは、無理だよ」
「それは僕が男だからか?」
「違う、お前が大事だから。お前をこれ以上傷つけたくないから」
坂田は無言でパジャマのボタンを外し始めた。
「なっ、何やってんだよお前」
慌てる斉木を無視して、坂田は第二ボタンに手をかける。
「やめろバカ!」
斉木は坂田の手を掴んで押さえつけた。
「放せよ」
「何考えてんだよ!」
「脱いでるんだ。見て分かんないのか」
「バカ、そういう意味じゃない」
「僕を見ろよ、手を放せ!」
「やだ、放さない」
「斉木!」
坂田はそのまま斉木にソファに押し付けられた。どれだけ抵抗しても身体は女なのだ、斉木に力で敵う筈が無い。
「バカなことすんな」
「うるさい、僕は」
「俺はそのままのお前がいいんだ」
「斉……」
坂田の唇は斉木のそれに塞がれた。坂田の頬に再び涙の筋がつく。斉木は坂田の手首を掴んだ手を放し、肩から背中に腕を回した。坂田は手首を解放されても動くことができず、そのまま唇を奪われ続けていた。昼間のセッションの後のキスが初めてだった坂田には、どうしたらいいのか判らなかったのだ。
斉木は、目の前にいる坂田という少年がどうにもこうにも愛おしく、その愛おしさを伝える手立てが何もなく、ただ、貪るように坂田を求めた。
息苦しくなってきた坂田が「ん……」と小声で抗議したことでやっと我に返った斉木が唇を解放してやると、坂田は焦点の合わない虚ろな目でぼんやりと斉木を見ながら浅い呼吸を繰り返した。
薄暗い部屋で見る坂田は、どうしようもないほどの色気を漂わせていた。斉木はもう頭がおかしくなりそうだった。潤んだ瞳で自分を見つめる少年、いや少女はあり得ないほど美しく、斉木の思考を麻痺させようとしている。ふと見ると、坂田が自分でボタンを外したパジャマの前が少し肌蹴て、胸元が見えそうになっている。
斉木は大慌てでそのパジャマを掻き合わせてボタンを留めてやる。全くなんてことをするんだ、お前男なんだろ、女なんか見せるな、と心の中で文句を言う。
「斉木……」
「何も言うな」
「……うん」
その晩、二人はお互いに触れることなく一つのベッドで眠った。
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