第6話 山根
「坂田君、ちょっといい?」
五月半ばのある日の昼休み、自分の席で本を読んでいた坂田は同じクラスの山根に声をかけられた。
「ん、何?」
「何読んでんの? げっ、数学パズル? やだやだ、あたし数学ってだけで
軽口を叩きながら、山根が坂田の前の席の椅子に後ろ向きに座る。わずかに茶色がかった柔らかそうな髪が、フワフワと波打って可愛らしい。
「宇宙人言うな。で、何の用?」
「坂田君て、斉木君と仲いいよね」
「あーうん」
山根がキョロキョロと周りを見渡し、ちょっと坂田に顔を寄せて囁くように聞く。
「斉木君て、彼女居るか知ってる?」
「えー? 居ないんじゃない? 居たら僕とつるんだりしてないだろうから」
「吹奏楽部にそれっぽい子とか居ない?」
「んー居ないと思う。殆ど毎日僕の個人指導についてるし、帰りも割と一緒に帰ってるから女子と一緒に居るのなんか見たことないよ」
「坂田君、斉木君の彼氏ってことないよね?」
「それマジで言ってる?」
「じょーだんじょーだん!」
山根が明るくアハハハハと笑うが、坂田は笑う気になれない。
「何、山根、斉木の事好きなの?」
「あたしじゃないよ。友達に『坂田君に訊いて』って頼まれたの。あたしは坂田君と斉木君がホモダチだと思ってるから」
「シバかれたい?」
「冗談だってば。あたしはどっちかって言うと斉木君よりは坂田君の方が好みだし」
「冗談やめろって」
「マジで」
「はいはい」
坂田もまんざらではない。山根は明るくて元気が良くて、可愛い系ではある。割と好きな方だ。だが何しろ背が高い。坂田より五センチくらい大きいだろうか。
「坂田君は彼女とか居ないの?」
「居るわけないじゃん」
「えー? じゃ、あたし立候補しよっかな~?」
坂田が大袈裟に溜息をつく。
「だから冗談やめろって」
「ひっど。冗談じゃないけど」
「からかうなよ」
「あたしって坂田君の好みじゃない?」
山根がぱっと立ち上がり、スカートの裾を翻してくるっと回る。
「てか、僕よりデカいじゃん」
「いーじゃん。あたし気にしない」
「僕が気にする」
山根が口を尖らせて見せる。坂田は不覚にも『ちょっと可愛い』と思ってしまう。それを知ってか知らずか、山根は再び坂田の前に座ると坂田の机に頬杖をつく。
「やっぱ好みじゃないんだ」
「そーゆー訳じゃないけど」
「じゃ、あたしが彼女になったげる」
「遠慮する」
「何それー」
「なんか今、彼女がどーとか、そういう気分になれない」
「しょーがないなぁ。じゃ、もうちょっとだけ待ってあげる」
坂田は思わず笑ってしまった。
「待たなくていいから」
「やっぱ坂田君の本命って斉木君なんだ」
「あのなー」
「アハハ、冗談!」
くるくると良く表情の変わる山根は、まるでディズニー映画に出て来る二人組のリスのようだ。明るい焦げ茶色の髪もその印象に一役買っているのかもしれない。
「なんで坂田君、女の子じゃないんだろーね」
「何それ」
「顔も可愛い系だしさ、背も小っちゃいじゃん? 斉木君と並んでると彼氏と彼女みたいだよ、斉木君カッコイイし、坂田君可愛いし、なんかお似合いのカップルって感じ」
「どうしてもホモダチにしたいわけ?」
「うん、今から性転換しなよ」
「アホか」
「だって坂田君が女子だったら諦めつくもん」
「なんだよそれ」
「冗談だってば、じゃーね」
なんだかなー……とひとりごちて、山根の後ろ姿を見送る。スカートの裾を翻して走って行くその姿は、確かに可愛い。
坂田はちょっとだけ山根が気になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます