第54話 ニュース ※

 通報から十分ほどで警察はやって来た。彼らは店に一歩入るなり、その惨状に立ち竦んだ。

 惨劇の舞台となった店内は、まさにこの世の地獄と化していた。

 床には生きているのか死んでいるのかわからない人々が血にまみれて重なり、死屍累々たる有様となっている。砕け散ったテーブルやグラスの破片、割れたウイスキーの瓶などが、倒れた人々の間の床の隙間を埋め、足の踏み場もない。

 どこから手を付けたらいいのかわからないとはまさにこの事だ。

 辺りは銃のものであろう火薬のような匂いに酒の匂いが混じり、更におびただしい量の血から発せられる生臭い匂いが加わり、警察関係者でさえもつい口元を押さえてしまう人が何人も見受けられた。

 到着した救急隊員たちはトリアージを付けることを最優先とし、生存者の確認に追われることになった。

 外では交通規制が敷かれ、店の周りを取り囲むようにテープが張られた。犯人は逃走するでもなく、店を出たところで自分に向けて発砲しその場で自殺したため、規制はその一角だけとなったが、現場が一時騒然となったのは言うまでもない。

 辺り一帯は物々しい空気に支配され、ひっきりなしに救急車や警察関係車両が出たり入ったりを繰り返していた。それは日付が変わっても続けられ、次第に報道関係者が取り囲むように増えて行った。

 近所の人々は家の窓の奥から遠巻きに眺め、子供たちは飛び回る報道ヘリの音にいつまでも落ち着かず眠りにつけなかった。



 午後九時半、日本時間で明け方四時半に起こったこの凄惨な出来事は、瞬く間にニュースになり、パリを恐怖と哀しみの淵に陥れた。

 そして日本の朝刊に間に合わなかったこの事件は、朝一番のニュースで報道された。この時点で明確になっていたのは死傷者約五十人。正確な数は把握できていないといった、第一報のようなものだった。

 その中に斉木と坂田が居るとは知る由もない水谷は、そのニュースを見てから学校へ向かった。山根からLINEが入ったからである。

『ねえ、今日、駅でビラ配りしようかと思うんだけど、水谷君一緒に行ける?』

『いいよ、七時半には行ける』

 水谷は嫌な感じがしていた。彼が二人のいる場所として挙げた候補はウィーンとパリ、しかもジャズクラブである。

「考えすぎだ」

 彼は自分に言い聞かせて家を出た。

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