第35話 ブレイン
「お前……自分の言ったことわかってるのか?」
「散々考えて出した結論だ。分からないわけがないだろう」
「それは殺人だぞ? お前は俺の大事な人を一度に二人も奪うつもりだったのか?」
「じゃあどうしろってんだよ!」
いきなり坂田が爆発した。斉木を突き飛ばし、その上に馬乗りなると、斉木の襟首を摑んだ。
「斉木に何が判る! 僕がどんなふうに十五年間生きてきたか、お前には判らないだろう! 生きている限り人格を否定され続け、それを認めろと訴えれば母は気が狂って自殺する。それを父は僕のせいだと言って葬式にも呼ばない。それどころか僕の声など二度と聞きたくないって、今後僕との話は全て弁護士を通すんだぞ、それが普通の親子の在り方か? そんな僕が子どもなんか育てられないと正直に告白する事が、そんなに悪い事なのか? それさえも僕は否定されなきゃならないのか? この上まだ僕に心を偽って生きろって言うのか?」
一気に捲し立てて、坂田はハッと我に返った。斉木が、あの斉木が……泣いてる。僕はなんと言う事をしてしまったのか。
「いいよ。殴れよ。俺が悪かった。お前がどれだけ辛い境遇で生きてきたかなんて、俺にはその半分も想像できない。お前に酷いこと言った。ごめん」
「違う……違うんだよ斉木。僕は。僕は……」
坂田は斉木に馬乗りになったまま、その胸に倒れ込んだ。
「ごめん斉木」
二人は床で重なったまま暫く泣いた。それしかできなかったのだ。そんな二人をアロカシアの大きな葉がいつものように静かに見守っている。
静かな部屋に二人の嗚咽だけがひっそりと響いた。
泣くことで少し落ち着きを取り戻すことができた二人は、またソファに戻って今後の事をきちんと話し合った。
翌日、坂田は『入院』として暫く休む旨を学校に連絡した。前日、水谷が保健室に連れて行ったのを同じ数学クラスの連中は知っているので、何か病気になったのだと勝手に解釈してくれるに違いなかった。
中絶する病院も決めた。学校から少し離れた総合病院を選んだ。そこなら目立たないし、斉木の家からも行きやすかった。
更に必要最小限しか持ってこなかった坂田の部屋を引き払い、斉木のマンションに引っ越した。
斉木は水谷にだけ事の次第を報告した。
水谷は個人情報の扱いを教えた。病院の名前は水谷にさえ言ってはいけない事、同棲し始めた事は絶対に悟られてはいけない事、坂田の親には一切このことを漏らさず引っ越したことも言わない事。その他にも一切親に頼れない二人のために彼は一人でいろいろと調べていた。
性同一性障害に関することや中絶に関する事などを調べ、坂田を支えなくてはならない斉木のために影でたくさん勉強していた。が、水谷はそれが必要な時に必要なだけ小出しにして教えてくれた。そんな水谷の心遣いが斉木には嬉しかった。
水谷は頭がいいだけあって勘も良かった。坂田の家庭環境については既に大体予想がついていたようで、「信頼できる腕利きの弁護士が居る」とまで言い出したのには斉木も度肝を抜かれた。
そして水谷が殊更しつこく斉木に言ったことがある。
「坂田はこの先、精神状態が滅茶苦茶になる可能性がある。それを落ち着けることができるのは斉木しかいない。お前次第であいつはそれを乗り越えられる。だけどな、それは凄まじくパワーを吸い取られることになると思う。いいか、絶対に引きずられるなよ? 引きずられたらお前ら仲良く心中だぞ。ヤバくなったらいつでも俺に連絡しろ。深夜だろうが早朝だろうが、迷わず連絡しろ。お前たちには俺という最強のブレインがついてることを忘れんなよ」
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