第22話 砂礫の丘に砲火は謳うⅡ

「此方グローム01よりCP。これより敵要塞内へ侵入する。支援砲撃求む」

 ラスカーが睨む足元には蟻のように地べたを這うイタリア軍機甲部隊の姿が存在している。彼らはしきりに機銃を放つがKsY-17の装甲がその悉くを弾き、外装の音響機がコックピット内にまでその不快な金属擦過音を届ける。


「此方CPよりグローム01。了解した。着弾観測の用意を。座標を送られたし」

 それら、着地ポイントに居座る敵を排除すべく、古来より戦場の女神と呼ばれる砲兵らにラスカーは座標を提示する。


「グローム01、了解した。座標を送る」

 遠方から低く唸るような大きく鈍い音がして、遅れて砲弾がその姿を見せる。

 ある一つは壁に突き刺さり、またある一つは小賢しい戦車を打ち砕いた。


「グローム01より。観測データを送る。修正されたし」

 今の砲撃を記録したデータをCPを経由して支援部隊に送信する。間もなくして新たなる鋼の弾雨が降り注ぐ。

 今度は砲弾が壁面に突き刺さる事はなく、全て敵地上部隊へと命中した。


「効力射認む。効力射認む。その調子でどんどんやってくれ」

 効力射、つまりその座標が当たりの座標だ、とラスカーは繰り返す。

 クレーターだらけの地面の映像をCPに送り付けながら、ラスカーは対空機銃を避けるために機体を機敏に動かす。それはまるで踊っているように見えなくもなかった。

 さらに続く砲弾の雨あられによって敵の地上部隊は沈黙した。


「此方グローム01よりCP並びに支援部隊へ。着地ポイントの敵地上部隊は完全に沈黙した。速やかな支援に感謝する。これより降下する」

 見事な間接射撃を披露してくれた支援部隊に謝辞を述べ、ラスカーは慎重に降下する。なるべく敵の射線を遮るように、カイロ市内の建造物の陰に機体を隠しながら。


「着地完了した。グローム02は周囲警戒。俺は南門を吹き飛ばす。その後、西門を目指す」

「了解。グローム02、周囲警戒に移行します」

 ラスカーの指示通りに、エルヴィラは射線の通る小高い建造物の上に飛び乗ると、TT-57 を構える。


 ラスカーは武装キャリアに40mm突撃機銃を戻して、その代わりに120mm滑腔砲を装備する。いつもの榴弾の代わりに火薬が割増しの特殊弾が込められているのだ。

 動かない目標に素早く照準を合わせるとラスカーは引き金を引く。


 門は木っ端微塵に砕け散り、入口が瓦礫で塞がってしまっているのをラスカーはもう一度特殊弾を発射して瓦礫も散らしてしまう。これで南門は開放された。


「此方グローム分隊よりCP。南門は開放した。繰り返す南門は開放した。これよりグローム分隊は西門の開放に向かう」

「此方CP。南門の開放は此方でも確認している。今、地上部隊が急行している。その調子で友軍の道を作ってほしい」

 作戦は開始されたばかりだが順調に推移している。ラスカーは少しばかりの安心感を覚える。


「了解した。引き続き門の破壊を急ぐ」




 空を飛べばアラートと対空機銃の二重奏を奏で、地上スレスレを低空飛行してしまえば至って静かなフライト。しかしそれは逆に突発的な戦闘の回数を増やし、肝を冷やしてしまう事態に陥ってしまっていた。


「前方に機行戦車部隊! 数は四!」

 カイロ要塞の壁に沿うようにして進む。

 エルヴィラが報告を上げる。戦闘機動のままグローム分隊は敵部隊に突進する。


「グローム02! 速度を緩めるな! このまま押し通るぞ!」

 ラスカーは120mm滑腔砲を構えて展開中だった敵部隊の間隙に突びこむ。

 敵部隊の足元に特殊弾を放った。機行戦車の脚部を爆風が吹き飛ばす。それどころか道路ごと空中へと浮き上がった。

 ラスカー自身、爆発に巻き込まれてくれることを期待していたのだが、想定はしていなかったが即座に判断してエルヴィラに射撃指示を出す。


「前方の二機を撃ち抜け!」

 TT-57の射撃音、言って間もなく前方の二機をクリア。

 ラスカーをして恐怖させる程の正確無比の射撃。早撃ちもお手の物となれば彼女の眼前に立つ事はほぼ自殺行為とさえ言えてしまう。

(負けてはいられんな…!)

 ラスカーは右腕部のチェーンブレードを回転させ、120mm滑腔砲を持つ左腕部の副腕を展開させナイフを握る。

 そうしてからに強引に機行戦車の首筋に押し当てた。

 ペダルを踏み込み機体を加速させる。左手を押しこむように機体を傾けて、二機の間を通り抜ける。後に残ったのは四機分のスクラップだけだ。

 確認するまでもない、脊髄接続を介してメドヴェーチが確かに敵を抉った感触が両手に伝わっているのだ。


「西門見えました! 敵戦車! 視認出来るだけでも数十以上」

 エルヴィラがセンサーが拾った情報を報告する。

 西門には数で勝る包囲軍に対処するべく道路の両脇に戦車部隊が配置されていた。


「此方グローム01よりCP。支援要請。座標を送信する。速やかに砲弾を送られたし繰り返す、支援要請」

「此方CP、了解した。それと、良いニュースだ。東門には要塞内に突入した部隊が解錠に向かってくれるらしい。西門を開放したなら、予定通り北門に向かわれたし」


「なるほど。了解した。ちょうどデリバリーも届いたな」

 グラクレスト中尉の話を聞いている内に支援部隊の砲撃が西門付近に到着した。


「弾道算、誤差は一.○未満と判断。効力射認む! 効力射認む! 素晴らしい練度の砲兵隊だ! 戦場の女神とは言いえて妙だな!」

 (座標を送っただけでこれほど正確な砲撃が出せるとは、流石地獄と言われたメドセストラ作戦を生き延びた部隊だ)


「着弾、今!」

 二度目の砲撃が本当の支援砲撃だ。これによって戦車部隊のマーカーが一気に減った。


 放物線を描いて降りいで轟音と共に飛来した砲弾は正しく天上より齎された女神の福音のようであった。

 ラスカーはこのような精兵と共に戦えることに誇りを強く感じた。


「よし、残りを掃討する。グローム02行くぞ」

「はっ」


 残っているのは戦車と装甲車が合わせても十台以下だ。

 武装キャリアから40mm突撃機銃を抜き放つと、装甲車に向けて引き金を引いたままに、薙ぎ払う。


 横薙ぎの弾幕は逃げようとした戦闘車両の装甲に大きな穴を空ける。


「さぁ、開場だ」

 120mm滑腔砲から特殊弾を吐き出す。空薬莢を排出され、もう一度特殊弾を吐き出す。

 これで西門も開かれた。


「敵機クリア」

 西門付近の敵は掃討したグローム分隊は今度は北へ向かおうとして、再び無線が入る。


「此方CPより、グローム分隊へ。ドイツアフリカ軍団がイタリア王国陸軍と合流した! 繰り返すドイツ軍がイタリア軍と合流した!」

「んなっ!?」


「リビアから出たドイツ軍は英仏を振り切って東進。カイロ要塞の北門を封鎖していた部隊とつい先程衝突。それと同時に北門からイタリア軍が飛び出てきたらしい。現在、イタリア軍はそのままポートサイドに向かっている」

「ポートサイド?なぜポートサイドに向かっている?あそこは港町のはずだろう」


「これも先程届いたのだがトルコ共和国に駐留している中東方面軍からの情報だ。今朝方オスマン帝国軍の残党が複数の兵員輸送船を強奪した」

「なんだとッ!?」


 ソビエト=オスマン戦争前から確かにオスマン帝国はファシストよりの国家だった。だが、体制を崩壊させられたオスマン帝国軍人は敗軍の将であることを受け入れてはいなかったのだ。だからこそ、このタイミングで兵員輸送船を奪ってポートサイドに向かったのだ。ドイツに媚を売って、今一度中東の帝国として蘇ろうとして。


(冗談で済まされないぞ………!)


 今、この戦いで3カ国の軍が同時に作戦行動を行っている。英仏の大軍を振り切っておきながら、イタリア軍を助ける為にここでソビエト連邦陸軍と事を構えるなど愚の骨頂と呼べるだろう。時間が経てば英仏軍が追い付いて来るのだ。どうやったってドイツ軍がこの戦いにわざわざ飛び込んでくる必要は無い。ドイツアフリカ軍団の指揮を執るのは機動戦に於ける権威と呼ばれるロンヴェル将軍だ。しかし、機動戦、起動防御とは常に自分の局所的優勢を維持し敵の部隊を撃破し続けることによって相手の攻勢を挫く戦い方だ。つまるところ、これは機動戦とはなり得ない。

 この時点で確認されている情報から察せられる事、それはアフリカ大陸からの撤退。イタリア本土決戦に備えた戦線の縮小。兵站線の確保。劣悪なアフリカのインフラと、ほとんどがドイツの手中へと収まった欧州、イタリア本土のを比べればこの戦線の縮小は実に有意義だと言えるだろう。兵站線ほど軍人に思われる存在は無い。


 今、枢軸軍を逃せば、世界大戦の終結は遠のく。欧州が血で溢れる事になる。







「此方CPよりグローム01。すでにイタリア軍、ドイツ軍は撤退を開始。真っ直ぐにポートサイドへ向かっている。まさかアフリカ大陸から撤退とは…苦肉の策ではあろうが………いやはや思い切りが良過ぎだな」

 グラクレスト中尉の声は苦虫を噛み潰したかのような呻く声だった。


「ローレライ・システムの絶対制空圏に完全に逃げられてしまえばさらに戦争は長引く。今は仕事に集中しようグラクレスト同志中尉」


「そうだな。すまない同志大尉殿。こうも大きな意味を持った作戦になるとは夢にも思わなかったが、集中しよう。最優先攻撃目標はアフリカ大陸から地中海へ繰り出す為の兵員輸送船だ。絶対に撃沈させよ、と方面軍司令部からお達しが出ている。兵員輸送船を撃沈の後は3カ国連合軍で枢軸軍を殲滅する、と。だが、もし取り逃せば、恐らく大尉殿の考えている事通りになるだろう」


「アメリカの第6艦隊は? 確か海上封鎖していたはずだろう」

「まだ連絡が付いていない。だが恐らく撤退を支援するべく動くイタリア艦隊と交戦していると思われる」


(ポートサイドにまで手が回らない、か)


 ラスカーはペダルを踏み込む。

 急がなくては。今まで味方であった筈の時間は、今こうして牙を向いている。


 グローム分隊、二機のメドヴェーチは北東に進み、スエズ運河を北上している。

 そこには歩兵達が船に乗ってポートサイドを目指す姿があった。


 ラスカーは下手に照準も合わせずに引き金を引く。

 120mm特殊弾の爆発が船舶を持ち上げ白く天に向かって伸びる柱を何本も打ち立てる。

 やがて引き金が反応しなくなると、ラスカーは120mm滑腔砲をメドヴェーチの機体の陰を進む、イタリア兵士が詰め込められた船舶に向かって投げつけ、水中へと沈んで見えなくなった。


「これで多少は軽くなった。グローム02、これを水面ギリギリで撃ち抜けるか?」

 そう言ってメドヴェーチの指先がつまみ上げたのは特殊弾の予備弾倉だ。


「問題ありません」

 全く頼もしいよ、とラスカーはマイクに拾われないように呟いた。


「そうか。なら、ほら!」

 ラスカーはその予備弾倉を目の前を進んでいた船舶に向かって投げつける。そしてエルヴィラはそれを撃ち抜いた。今日一番の水柱がそこに出来上がった。


 これで作戦開始時よりもラスカーの機体は幾分軽くなり、速度が出るようになった。


「行くぞグローム02。奴らを逃がしては、欧州に渡らせてはいけない!」

「はい!」


 スラスターの青炎が一段と煌めいた。二機のメドヴェーチはこの大戦の趨勢を決める、港湾都市ポートサイドへと突入する。

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