第6話 FoTE小隊始動Ⅰ

 強化機甲戦闘機試験大隊所属のテストパイロット、別任務を遂行中の刑部大尉を除いた七人が統一された、新しいパイロットスーツを着用し、整列をしていた。


「敬礼」

 ザイシャが号令をかける。ラスカー含め七人のエースと対面する男に敬意を示す。その男も緩慢な動作で敬礼を返す。


「刑部大尉を除いて全員揃っているのだったな、コーヴィッチ同志少佐?」

「はっ。刑部おさかべしの大尉は現在、帝国陸軍の任務に従事しており、本計画にはその任務終了後に参加とのことです」

 アレクセイ・エリョーメンコ少将は軍服の上からコートを羽織り、裾に通されていない手には黒の手袋がはめられている。


「了解した。ありがとう同志少佐。藤堂中尉がいるのならば当面は問題も無いだろうからな。それじゃあ、私から簡単ではあるが君達の今後について簡単に説明させてもらう」

 エリョーメンコ少将は後ろに控えていた秘書から資料を受け取る。


「君達をここにいるメンバーで小隊を編成させてもらう。本計画中は君達をFoTE小隊と呼称、小隊長はザイシャ・コーヴィッチ同志少佐。副隊長にヴィッテ同志大尉だ。計画が無事に推移すれば所属パイロットも増やす予定でいる」

「「はっ」」

 エリョーメンコ少将は二人の返事に満足気に頷いた。人より細い少将の目がより細められる。


 二人のことは事前に決まってたんだろう。そうでなくても階級が上の者がそれ相応の役職に就く。刑部大尉がいれば少しは揉めたのだろうが、この場にいないのであれば仕方ない。


「この計画に於ける君達FoTE小隊の役割は出来上がって来た試作機を完成させることにある。制御OSのバグを洗い出し、それを次々に潰していくこと。試作機稼働のデータを採ること。パイロット教導のデータもついでに採るから、そのつもりでな。君達も重々承知のことと思うが、本計画は我らが連邦、協力を約束してくれた大日本帝国の行く末が掛かっている。連邦人民委員会議議長閣下も大変期待されているのだ。計画の失敗は凡そ許されるものでは無いぞ。では君達の貢献に期待する」

「敬礼っ」

 ラスカー達は右手で敬礼をする。


「あぁ、そうだ。あとは君に任せるよコーヴィッチ少佐」

「はっ」

 エリョーメンコ少将は話し終えると秘書を連れて屋内に戻っていった。雪かきのされた道を軍靴の踏む音が響いて消えた。




 三番ハンガーに集められたラスカー達の前には全高18mの巨人が立っている。その威容には既にFoTEと交戦した経験のあるラスカーさえ息を飲んだ。クリアブルーでカラーリングされた機体は小隊の前で行儀よく立っている。


「これが大日本帝国海軍で正式配備されている42式強化機甲戦闘機川蝉カワセミだ。今日から使うシミュレーション訓練ではこのカワセミのデータを使用し行う。シミュレーターは八基用意されているから早速やってみようか。質問は…って実は僕も答えられるほど詳しくは教えてもらってないから、質問がある際にはカワセミのパイロットである藤堂中尉に聞いてほしい」


 カワセミは上半身が下半身に比べて少し大きく、重く設計されている。あえてバランスを崩すことで運動性を確保していると資料には書かれていたことをラスカーは思い出す。


 ラスカーがよく目を凝らせば、藤堂のパイロットスーツは今までのラスカー達の物とは所々が違う。似ている物を挙げるなら空軍のパイロットスーツの様だ。

(これは、戦い方を改めないといけないかもしれないな………)

 三軍、どの軍のパイロットスーツも大まかな性能は同じだが、陸海軍の物は耐衝撃に、空軍の物は耐Gに優れている。

 ラスカー達が着ているパイロットスーツが空軍寄りということは機行戦車の様な戦い方とは全く違う戦い方を求められる兵器なのだということをラスカー達は即座に理解した。


「よし、まぁ皆搭乗! 分からないことは分からなくなった時で!」

「「了解っ」」

 ザイシャの返事に困る命令で小隊各員はシミュレーターに乗り込んだ。




 シミュレーターの内部は機行戦車のシミュレーターとほぼ同じで、座席シートがあり、二本の操縦桿があり、フットペダルがある。


 ラスカーが座席に座るとラスカーの首の部分にNRリングが装着される。

「くっ…」

 ラスカーの脳内でシミュレーション機の情報が展開される。それに伴って視界が一瞬暗くなったかと思うとすぐさま鮮明な視界情報が飛び込んでくる。だが、この視界は本当の物ではなく、網膜に直接投射された風景だ。


(ここは………)

 ラスカーが首を動かすとその方向に視線が移動する。これは機行戦車にもあった機能だ。

 見渡す限りの苔の平原、地平の向こうに針葉樹林が見えた。


「よーし、それじゃあ基本動作について確認してみようか。データは表示されるはず………」

 ザイシャが自由回線オープン・チャンネルでそう言うと、ラスカーの視界の中央に『基本動作一覧』とご丁寧にも書かれたウィンドウが表示された。


 ラスカーも項目の上から順に試していく。

『まずは歩行』

 ラスカーが「歩く」と思い浮かべてから操作をするとシミュレーション機は歩いてくれた。


「なんだ、機行戦車と同じじゃないか」

 ラスカーは数歩歩いて自分の言葉を否定する。違う。機行戦車とは操作する感覚が。

 もはや身体がそのまま大きくなった、身体操作の延長にあるような操縦をしているとラスカーは感じた。

(これなら機行戦車では出来ない機動が出来る………!)

 ラスカーは試しに助走を付けて機体を前傾させる。バランスをわざと崩しているシミュレーター機のカワセミはそのまま倒れようとするが、カワセミの腕が地面を押し上げて空中でカワセミは回転し着地した。

 いわゆるロンダートという物である。


「ほぇ…こいつは凄いな………」

 ザイシャの感嘆の声が自由回線を通じて聞こえた。

 ラスカーもなんだか楽しくなり、バク転バク宙でもやろうかとすると、視界の機体情報の項目が急に拡大されて関節部にかなりの負荷がかかることに気づいた。

(そりゃそうだ………)

 全高18mの巨体が軽いわけがない。機体関節部に負荷がかかるのは仕方のないことだ。だが、せっかくの盛り上がりの出鼻を挫かれた気分になってラスカーの興味が削がれてしまう。


 基本動作の確認に戻ろうとするが、腕を振るだの走るだのはもう出来る。

 ラスカーは背部の武装ウェポンズキャリアから長剣を装備させる。

 ラスカーにはなんでこんな物が用意されているのかは分からないが日本がサムライの国ということで思考するのを止めた。

「とりあえず…振るッ!」

 機体を一歩踏み込ませて長剣を振り下ろす。力任せに振り下ろされた長剣の刃先は地面に喰い込んだ。


「これ…大丈夫なのか? こんなの隙だらけなんじゃ………」

 喰い込んだ長剣を元の位置に戻しながらラスカーがぼやく。武装キャリアまでは自動で元に戻してくれるらしく、放っておくとラスカーの機体は手ぶらになる。

「次は…飛んでみるか」




 人間には空を飛ぶことは出来ない。ラスカーにはどうやったらいいのか分からなかった。

「藤堂」

 ラスカーは個別パーソナル回線チャンネルを開く。相手はもちろん藤堂だ。


「どうなされたトルストイ中尉?」

「あぁ航空機動の仕方についてなんだが。どうやったらいいか」

 陸上戦ならばラスカーは戦闘経験も豊富な方だが、飛行についてはさっぱりだ。

「巡航機動と戦闘機動の二つがありますが…トルストイ中尉はまだ飛行はされていないのですよね?」

「あぁ」

「ふむ…なら機体腰部のスラスターを起動させてください。巡航速度には達しないように注意しつつ推進剤を噴射してみてください」

「了解した」

 ラスカーの機体腰部のスラスターから推進剤が噴射され始める。それに伴って機体周囲の苔が吹き飛ばされていく。


「問題無いようならそのまま速度を上げてください。巡航機動中の姿勢制御は自動で固定されるようにプログラムされているのでとりあえず飛んでみましょう」

「りょ、了解………」

 スラスターから噴射される推進剤の量がどんどん多くなり、遂に機体の脚部が地面から離れる。

「う、うわっ!?」

 凄まじい速さで景色が流れていく。ラスカーの身体は慣性に従って後ろに叩きつけられるような圧力に襲われる。だがラスカーは歯を食いしばる。


 言われた通りに飛んだがこれ以上は何をしたらいいのか。ラスカーの機体は調子に乗ってかなりの高度まで上昇した。

「そうしたら一周ぐるっと回ってみましょうか」

「あ、あぁ」

 個別回線から聞こえてきた藤堂の声は少しだけ楽しそう、というか悪戯っぽく聞こえた。

 言われた通りにラスカーは操縦桿を横に倒す。

 機体は命令通りに機体を傾け、旋回を始める。すると更に強烈な負荷が身体に掛かる。

「はっ、はぁ!?」

(か、体の中をかき混ぜられるような感じだ………)

 ラスカーの身体には今、通常に感じる三倍の圧力と強烈な吐き気が混在している。

「下腹部に力を入れて堪えてください。こんなので根を上げていたら戦闘機動なんて夢のまた夢ですよ」

 挑発するかのような藤堂の口調に、ラスカーはもう一度強く歯を噛みしめる。

「驚いただけだ、問題ない。次はどうしたらいい? もっと速度を上げたらいいか?」

 操縦桿を握る手にも力が入る。

(この機動にももう慣れた!)


「いいえ。今度は戦闘機動に移行しましょうか」

「分かった。戦闘機動に、移行っ」

 巡航機動から戦闘機動に切り替えた途端、身体を抑えつけていた感覚が急に弱まった。

「なんか体が楽に…ッ!?」

 視界の中央に警告表示が現れ、耳の中でアラートが鳴り響く。甲高く耳障りな警報がラスカーの正気を奪い、心を焦らせる。


「ど、どうしたっ!?」

 ラスカーの機体が意図せずに回転した。機体情報には肩部装甲破損と表示が現れる。

「機体制御…不能っ!?」

 ラスカーの機体は宙返りを何度も繰り返し、どんどん落下していく。ラスカーの視界は360度ぐるぐる回っている。


「トルストイ中尉、巡航機動の姿勢を思い出してください。巡航機動は巡航速度を維持する為の姿勢制御を自動化しているんですが火器管制はある程度制限されます。戦闘機動は火器管制の制限は解除されて機動飛行しながら戦闘する為に姿勢制御が解除されるんです」

 藤堂は冷静にラスカーをサポートするが、今まで体験したことのない高所から落下中のラスカーにはうまく伝わらない。

「くそっ! ぶ、ぶつかるっ!?」

「まだ墜落しません。あぁもう! バーニアを吹かして機体を安定させてください!」

 混乱中のラスカーにやっと藤堂の声が届いた。ラスカーは慌てて脚部バーニアをめいっぱい噴射して無限宙返りを無理やりに止める。

「よ、よしっ!」


 ラスカーの機体がようやくまともになり、ラスカーは一安心してしまった。それが命取りとなる。

「トルストイ中尉! スラスターを垂直下に噴射!」

「はへっ?」

 ラスカーの機体は爆発した。




「一体何が………」

 ラスカーは真っ白になった視界を眺めつつそう呟いた。機体情報では機体は墜落したことになっていた。


「姿勢制御ばかりに気を取られて、減速しないままに着地。自重に耐え切れず、関節部に多大な負荷が掛かったと判定されて脚部破損。そのまま大破認定されたんですよトルストイ中尉?」

 個別回線はまだ開いていたようで、藤堂がラスカーの機体墜落ロストの理由を教えてくれた。

「そうか。俺は落ちたか………」


 ラスカーはもう一度シミュレーターを起動させる。網膜に映像が投射されてまたあの苔の平原にラスカーの機体が現れる。

「藤堂」

「なんですか?」

 ラスカーは自分の両頬を思いっきり引っ叩く。ジンジンと両頬が熱くなって、思考が冴えていく。


「もう一度だ。今日中に俺を飛べるようにしてほしい」

 藤堂の顔は見えないが、向こうで藤堂が笑ったような気がラスカーにはした。

「えぇ。その為に私はここまで来たんです。一回や二回の墜落で逃げ出されたら困りますよ。胃の中身がすっきりするまで飛ばせてあげますよ!」

「よろしく頼む」

 ラスカーの機体背部のスラスターがもう一度青白い火を噴き始め、苔の大地から鋼鉄の巨人が再び飛翔した。




 訓練が終わるころにはシミュレーターの中がシチューまみれになっていた。

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