第34話 シベリア合同火力演習Ⅴ 『旭日』

 四二式川蝉はKs-17のように、滑るような移動は出来ない。リフトシステムは彼の国が独自に付け足した機能だからだ。よって川蝉が高速移動しようとすると、必然的に飛蝗ばったのように飛び跳ねるしかない。


 アメリカ同様に陸戦を主眼に置いている為に、Ks-17のように長時間の飛行もままならないのだ。陸軍の連中は気にしていないようだが、帝国海軍としては求められている性能に達していないように感じている。海上で接ぎ足しながら跳べるのか、帝国海軍人全てに天草四郎にでもなれと、弱腰上層部は言っているのだろうか。弥生は言わないまでも、真尋や奏はぶーぶーと文句を垂れているのだ。


「第一一四陸戦機動大隊第二中隊隷下の全部隊に通達。我ら皇軍故に、如何なる姦計にも屈せず強靭なる敢闘精神を持って合衆国軍を打ち破る者也。よってまどろっこしい事はしない。このまま敵本陣を強襲する。第四航空隊の兵士諸官らも問題は無いな?」

 第一一四陸戦機動大隊第二中隊を指揮する池田大尉が確認という名目の下、命令を下した。だが、そもそも彼は弥生の意見など求めていない。しかし、そのような作戦は凡そ容易く頷けるものではなかった。


 池田大尉は正気でそんな指示を出しているのだろうか、まだ酔いが抜けていないのでは? と第四航空隊の面々らは返事を渋った。


 アメリカの76mmの威力は昨日の演習で陸軍の連中も見ていたはず。そんな火線の中に飛び込む? Ks-17に機動力で劣る四二式で? そんな行為を人は自殺と呼ぶのだ。


「お言葉でありますが、それでは余りに敵の攻撃に対して無防備かと。その作戦には賛同しかねます」

「ふん、臆したか小娘共。所詮は賊軍よな。性根も腐っているか」


 池田大尉は帝国海軍を賊と、声高にそう叫んだ。それは第四航空隊の怒りの導火線に火を付ける発火剤としては充分過ぎた。


「何だとッ!」

「止めろ樫村少尉!」

 激昴した真尋を弥生が諌める。このまま行けば真尋は反逆の罪に問われかねないからだ。陸軍のおこぼれで参加させてもらっている以上、力関係は完全に陸軍が握っている。この場の最高指揮官は池田大尉なのだ。


「部下が失礼を。お許しください池田大尉殿」

「弥生!」

 弥生は謝罪を述べる。こんな事の為にこの場にいるのではない。苦い肝を舐めるどころか噛み潰して飲み込むような後味を覚えつつ、大戦の勝利と帝国海軍の栄誉の為に、と弥生は頭を下げた。だが、池田大尉の溜飲は下がらなかったようで、罵声を浴びせ続ける。

「ふん! 上官も上官ならば部下も部下だな。あぁ確か、横須賀で処刑された将校らの中には藤堂中尉の御父君も居られたのだったか? 鯛の子は鯛、とはよく言ったものだ!」


(ッ………!!)

 弥生は無意識に操縦桿を握り込んだ。操縦桿を包む弥生の武骨な拳は怒りに震える。

 弥生は藤堂宗秀中将を敬愛している。実の父である藤堂宗秀を心の底から愛している。だからこそ、嘲った池田大尉に対して怒りを越えた憤激の念を抱いてしまう。


「池田大尉! それ以上の藤堂中尉への侮辱は許しません!」

「私も! 西沢曹長と同意見です! そんなに陸さんが偉いのですか! 一体誰が東南アジアまで送っていると思って………!」

 奏、裕香も池田大尉に反駁した。しかし、池田大尉は彼女らの発言など意にも介さない。


「今は士官会議中。士官同士で話をしているのだ。一兵卒が口を挟むな! 規則すら守れないとは、臣民の税を食い潰しておきながら………程度が知れるな」

「池田ァ! これ以上その煩い口を開いて見ろ! 一生喋れないようにしてやるぞッ!」

 真尋が吼える。弥生も我慢の限界が近づいているのが自覚出来る。だが、もう暫く持て、と念じつつ徐に口を開く。


「池田大尉、こうも互いの意識が噛み合わなければ部隊行動の妨げになりましょう。よって我ら第四航空隊は貴官の指揮下から離脱し単独で行動させて頂きたい。宜しいか」

「あぁ構わんよ。我ら皇軍としても貴様らのような賊軍と居ると士気に著しい悪影響が出るのでね。本官としては願ったりだ。とっとと失せろ水夫風情が」

 嫌味たらしく池田大尉は第四航空隊の独立を許可した。士気に悪影響が出る? なるほど確かにな。これ程までに同族に殺意を覚えたのは初めてだ。弥生は震える声をなるべく平静に装って第四航空隊に指示を出す。


「第四航空隊各機はこれより転進し、一度南へ向かう」

「「了解!」」

 第四航空隊は第一一四陸戦機動大隊第二中隊の隊列から離れ、転進。南へ向かう。カーキ色の林の中を水色の川蝉が抜けていった。モーセの十戒が如く、海軍機を避ける陸軍機。カーキ色と水色はすれ違い、そして遠ざかっていった。




「弥生! 何故、奴にあそこまで言われておきながら黙っていた! 貴様も帝国海軍人だろう! 誇りを陸の猿どもに踏みにじられて悔しくないのか!?」

「悔しくないわけが無いでしょう! 奴は言ってはならない事を言った! ………だがな、樫村少尉、目的を見失うな。我々は演習の為にシベリアまで来たんだ。戦場で武勲を立てれば帝国海軍を馬鹿に出来る者はいなくなる。………一先ずは馬鹿の指揮官からは離れられた。ここからは私達の小隊で好きに動ける。先立っては陸軍の撃墜記録を超えるスコアを出す。いいか?」

 言葉を紡ぐ度に頭の熱がすっと下がっていく。理性が戻ってくる。


「………分かった。熱くなって悪かった。あぁ、やはり貴様は指揮官の器らしい。私はすぐ頭に血が上って駄目だな。時間を取らせて済まないな。それで指揮官殿はどのような作戦を用意されたので?」

「陸軍の真似は止めろよ樫村少尉。さて、戦況マップを開いてほしい」


 機体に乗る度に思うが、頭の中で念じるだけで必要な情報が表示されるというのは大層便利な物だ。

 弥生の視界上に演習場を表した地図が表示される。

「まずは、敵の位置を特定しなければな。闇雲に動き回って燃料切れでは目も当てられん。さしあたっては東側から迂回して敵本陣を当たって見ようと思うが………」

 弥生が次の行動の説明をしている中、戦況マップに新しく赤い点が追加された。


「必要無かったですね」

 笹井が零す。この赤い点は敵の印だ。池田大尉達は本当に、馬鹿正直に、本陣へ果敢に突撃したらしい。案の定、第二中隊の頭は76mmガトリング砲のお陰ですっかり抑えられたようだが………。


「索敵の必要は無くなったな藤堂中尉。それで、これを踏まえて私達はどう動く?」

 ふん、と弥生は顎に手を当てて考える。


「東に声して西を撃つ」

「声東撃西………挟撃か。だが、素直にアメ公は引っ掛かってくれるか? それに第二中隊の奴らが持つかどうか」

 弥生の言葉に真尋は試すに値するかの率直な意見を口にする。


 確かに挟撃は魅力的だが、敵の全てが第二中隊と交戦しているわけではないだろう。昨日の演習も一個中隊は動かしていた。そしてそれで負けているのだ。同じ轍を踏むだろうか。


「第二中隊が引いて刑部大尉の隊とで包囲殲滅は………いや、無いか」

「かのハンニバル将軍がカンネーで勝利を収められたのは利口で命令に忠実な将兵が居たからだ。陸軍の連中にカルタゴ歩兵と同じ事など出来んよ。笑ってしまうがな」

 せめて現在交戦中の敵部隊を撃滅出来ればいいのだが、こうも連携が酷いとそれも叶わない。真尋はさしてつまらなそうに嗤った。


「貴様、意見は結構だが建設的に話をしよう。多少のリスクは仕方が無い」

「ふむ………、それなら敵陣を強襲、制圧というのはどうだ? 今なら陸の馬鹿が派手にやってくれているお陰で、先程よりは成功確率も高いと思うが」


 さてどうするか。たったの四機で強襲し敵陣を制圧出来るだろうか。


(いや………? 自陣なら76mmもおいそれと撃てないか。戦車砲を連射しているのと変わらないのだから、そんな物を陣中でばら撒いて自分達で被害を広げてしまう。そうすると、アメリカも発砲を渋るか………)

 やってみるか。弥生は決断する。何もしなければ圧倒的な火力の差に敗北をするのだ。ならば少しでも可能性のある方法に打って出るとしよう。こと操縦技術に関して第四航空隊は並々ならぬ鍛錬を積んできた。弥生にはその自信と自負がある。


「樫村少尉の案で行こう。異論はあるか?」

 有りません。三人が答える。

 弥生は宜しい、ともう一度地図に目を落とす。


「しかし、数の差は考慮するとして。我々第四航空隊は敵陣を一度迂回して陣地後方から強襲する。敵部隊を挟撃する形で行こう。第二中隊にはせいぜい的として踏ん張ってもらおう。第一中隊には我々が敵陣へ強襲を掛ける旨を伝えてくれ西沢曹長」

「了解しました!」


 威勢の良い奏の返事。奏は忍に向けて交信を始める。

 奏が言葉を交わし終えたと弥生に報告が入る。


「第一一四陸戦機動大隊第一中隊、了解した。との事です!」

「よろしい。………第四航空隊各機、跳躍噴射準備!」

 弥生は高らかに号令を告げる。


「「跳躍噴射準備!」」

 そして第四航空隊は指示を復唱する。


 一拍の間が流れ、弥生は息を大きく吸い込んだ。

「第四航空隊、跳躍!」

「「了解!」」


 乙女達の声に従うように、42式川蝉は飛翔した。彼らの水色の装甲はあたかも空の青に溶け込むようであった。







「海軍の連中め、こっちの都合も考えないでよくもまぁ………」

「まぁそう言うな萩村少尉。組織というものには必然的に守らねばならぬ面子という物がある。今、我々が甘い蜜を吸っていられるのも海軍が転けたお陰。我ら陸軍も今から恩を売っておき、苦渋の局面が来たならば海軍にツケを払って貰えばいい。今は彼奴等の顔を立てて恩を売り付ける場面よ」


 今いち納得が言っていない萩村茉莉花はぎむらまりかに忍はそう言って宥めた。

「刑部大尉殿………?」

 すると、今度はそう発言した忍に対して茉莉花は疑問符を浮かべたようだ。


「なんだ、私の発言に可笑しな点でもあったか?」

「い、いえ。で、ですが………刑部大尉殿がそういった………、その、打算的とも取れるような発言をされたのが少し意外でしたので………。藤堂海軍中尉殿とも仲良くされていましたし………」

 恩を売るといった内容が茉莉花にそう思わせたのだろうか。しかし、忍にとってこの疑問自体が疑問である。なぜ、何故にそれを見咎められたのか。


「萩村少尉。私はな、欲張りなのだ。自分では動きたくはないが利益だけは充全に受け取りたい。そう言う人間だ。人間ならば誰しもがそう言った事を考えているものだ。………第四航空隊が敵陣を奇襲するなら、それを何故止めるのだろう。我々は彼らの背中を軽く押すだけで吶喊などとキツい仕事はしなくてもいいし、彼奴等に恩まで売れる。百利とは言わないまでも、害より利の方が大きいと私は思うがね」

「そ、そうなのですか………」

 忍の凡そ独善的とも取れる発言にすっかり茉莉花は辟易としてしまっている。上官の裏の顔をのぞき見てしまった罪悪感と後悔の念が萩村少尉を掴んで離さない。


「それでは、ソビエトの派遣に向かったのにも何か打算があったのでありますか?」

 止めておけばと思いつつ茉莉花は聞いてしまった。東南アジアから連れ戻された第一一四陸戦機動大隊を放り出してまでモスクワに行ってしまった大隊の実質的な指揮官は何を思って行動したのだろうか。

「萩村少尉。君は私を学校の先生か何かと勘違いしていないか。今は演習中だ。実弾も使用されている。ならば、此処は教室ではなく戦場だと思うがね?」

 案の定、忍からそう注意を受けてしまう茉莉花だったが、忍は小さく呟いた。

「コネクション作りの為よ」

「は?」

 その呟きは注意して聞いていなければすり抜けてしまいそうだった。聞こえていたのはたまたまだったかも知れないが、聞こえてしまった茉莉花は勘繰ってしまう。刑部大尉殿は腹に何かを隠しているのでは無いかと。


(コネクションって、この人一体何考えて………?)

 華族出の軍人など珍しくもないが、前線にまで出てくる者は極小数となってしまう。

 武家の末裔だから軍人になるなんて理由でやってくるものだから、前線になど滅多に来ないのが普通だ。しかし、忍は望んでやって来ているように茉莉花は思えた。利己的な思想を持った忍が前線で戦う理由が茉莉花には分からない。


 いや、彼女の脳髄を切り開いてスケッチしたとしても茉莉花には一生分からないのかもしれない。

 華族様が庶民を理解出来ないように、庶民もまた彼らを理解出来ないのだ。商家の三女として生を得た茉莉花はそう定義付け、思考を停止させた。






「第一中隊の諸君。我々も行動を開始しようか。既に動きだした第四航空隊に、それと第二中隊を考慮すると我々は支援的な役割が多いだろうが、この演習に限った究極的な目的は敵陣地を叩き、攻略する事にあることに留意して欲しい。一番機以下五番機までは私に付け。六番機から十番機までは第二中隊の支援にあたれ。そして十一番機から十六番機は海軍が敵陣地後方から奇襲に成功した場合に敵陣地側面から乗り込め。海軍が失敗したならば、代わりに敵陣地の制圧をしてもらう。私に付いた部隊は甲以下機体番号で呼ぶ事。六番機からは乙。十一番機からは丙だ」

「「はっ!」」


 忍は自分が楽をする為に指示を出す。楽をする努力は惜しまぬよう生きてきた。


「甲部隊の指揮は当然だが私が執る。乙部隊は太田中尉が。丙部隊は萩村少尉だ。各指揮官は与えられた任務をよく理解する事だ。いいな、以上。散開せよ」

「「了解!」」


 楽をする為に、それでいて結果を出す為に。そう言った忍の目的から言えばこの演習は願ったりだ。人を動かす権力は得た。なら、次は忍の言葉を理解してきっちりと動く駒を用意すればいい。


「忍様。私達はいつ出発しますか?」

「七瀬、私の機体は幸か不幸か装備試験用に改装されてしまっている。落とされても壊されてもいけないわけだ。だから二番機以下には一番機の護衛をしてもらうわ」


 忍の四二式川蝉だけは他の機体と違い、頭部を覆うようなバイザーに、武装キャリアをただ一つの兵装のみを運用するように改造したバックパックに換装している。それも本国からの指令だったわけだが、どうにも今回ばかりは図らずして忍の思惑に叶った。そのせいか、忍は少しだけ機嫌がいいのだ。部下の非礼を咎めない程度には。


「203mm多目的重砲『雷電』。私はどうにもこれが気に入ったぞ。お陰で四四式砲弾装填背嚢なぞを背負わされたが、帳消しだ。帳消し」


 FoTEが携行し得る現時点最高火力を忍の機体は背負っている。これは帝国陸軍でも機密扱いであり、弥生達海軍には伝えられていないのだ。


 自分が機密保持という楽が出来る理由である203mm雷電に接吻してやってもいい、と忍は内心でほくそ笑んだ。


「諸君、しっかり私を護衛してくれよ?」

「「はっ!」」


(私が楽できるようにな)


 忍はコックピット内で脚を組み、胸の前で腕を組んで目を閉じた。

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