第14話 赤に染まる聖夜Ⅴ

 1943年が過ぎ、1944年の一月も一週間が過ぎた7日。この日はユリウス暦を用いるロシア正教だと、年を跨いだクリスマスだ。


 共産党によって教会への弾圧が増す現在でもこの日は少しばかり穏やかで静かな雰囲気が流れるのだが、今年のこの日はそうでは無かった。

「みんなっー! 今日は盛り上がっていこー!」

「「「「おおおおー!」」」」

 モスクワ、ジューコフスキー基地には男達の怒涛が鳴り響く。


 滑走路の上に敷設された簡易ステージの上にはジャンナ・アラロフ少尉がマイクを持って立っていた。

 ジャンナはすっかり間違ったイメージが定着したであろう聖人の真っ赤な法衣を模した衣装を着ている。まだ冬だというのに短いスカートで跳ね回る姿は一目に寒そうだなと思わせた。


 そしてジャンナの眼下にはここジューコフスキー基地に勤める連邦軍の兵士達と、一般開放に伴って雪崩れ込んで来たジャンナのファン、報道陣、政治家も数名がずらりとひしめき合っている。

「今日は家にこもっていたら勿体ないよー!?」

「「「「いえええええいッ!!!」」」」


 バックバンドのドラムがスティックを走らせる。ベースと共にリズムの土台が出来上がり、ギターとキーボードがメロディーを奏でる。軽快なイントロに続いてジャンナが歌い始めた。

「「「「ふううぅぅぅぅぅッ!!」」」」

「わたしからのっ! クリスマスプレゼント、いっくよー!!」




 ラスカーはその狂騒を離れたところから見ていた。


 その周囲には同じようにザイシャやアニーシャ、エフストイ兄弟に藤堂。そして年始からようやく計画に合流した日本帝国陸軍の刑部大尉がいる。

 刑部は藤堂よりもさらに長い、腰にまで届きそうな黒の髪と大きな射干玉ぬばたまの瞳を持つ、童顔の日本人には珍しく独特な色気を持った女性だった。


 この場にいるFoTE小隊の誰もがパイロットスーツを着こみ、出番を待っている。

「う~ん…。僕もジャンナちゃんのライブを近くで見たいよ~」

 ザイシャが不満を漏らす。ザイシャはジャンナのファンらしかった。


「少佐殿、アラロフ少尉はかような姿で寒くないのだろうか。それとも露西亜ロシア人というのは真冬でも寒くないものなのか?」

 刑部はだいぶ古風な話し方をしている。ラスカー達もこれがサムライか、と驚いたものだった。


「のう、藤堂中尉? 貴様もそう思うであろ?」

「いえ、アラロフさんも寒いと思いますよ。ほら耳とか鼻が真っ赤ですし」


 刑部おさかべしのは日本の貴族出身で世俗に疎いゆえ常識が通じないのだ、となにかと藤堂は刑部のフォローに回る役回りに落ち着いていた。

「おや、よく見ればそうだな。さて、ライブアレが終わるまで暇なのだろ少佐殿? なら私はどこか暖かいところにいたいのだが………」

「え~? 一番ハンガーも充分に暖かいと思うんだけどねぇ…。ねぇラスカー?」

「まぁ…今日は雪も降っていませんから、いつもよりは暖かいと思いますが、屋内と比べれば寒くてもしょうがないかと」

 ラスカーがそう言うと刑部は頷いた。


「よいぞワンコ、ならば貴様のコートを貸せ。貴様も着ていないのだから文句あるまい?」

 刑部は椅子の下に置いておいたラスカーのコートを指さしてそう言った。

「どうぞ、刑部大尉」

 ラスカーはコートに付いた塵を手で払い落し、刑部に手渡した。


「うんうん、貴様はまことに忠犬よな。実家で飼っていた柴犬を思い出すわ。褒美に撫でてやろう」

 刑部はラスカーのプラチナブロンドを撫でる。まさに犬を撫でるように。

「ほれ、嬉しいか?」

「あぁ、はいはい」

 ラスカーは刑部の行動の大半が戯れであると藤堂に教わってから、ほどほどにあしらうようにしていた。


「そうか、そうか。もし貴様が日本に来ることがあれば、私じきじきに案内あないしてやろう」

 刑部はラスカーを撫でまわす。ラスカーのサラサラの髪を撫でているうちに止まらなくなってしまったのだった。


「いやー、ジャンナちゃんの新曲もいいね! あっち南部戦線にいたら予約したって届かないからさー。そう思うと、悪い気もするけれどお得な感じ」

 ザイシャがそう言った。

「お、エフストイ兄弟もノッてるね! いやーいいよね~」

 ラスカーが振り向くと、マクシム少尉とマルセル少尉が両手にサイリウムを持って狂喜乱舞する姿があった。ラスカーはそっと目線を彼らから外す。


 ザイシャとラスカーの目線があった。ザイシャはラスカーに微笑みかける。

「ラスカーも楽しんでる? これが終わったら………」

「何を言っているか少佐殿、ワンコは楽しんでいるに決まっている。なんたって私の寵愛を受けているのだからな!」

 刑部はラスカーの頭をぐっと胸に寄せた。

 ラスカーは呼吸が出来なくなって急いで離れようとするが、刑部の力が異様に強く一向に離れられない。

「刑部大尉、トルストイ中尉が窒息しかけています」

 藤堂がそう言って、ようやく手元のラスカーを見た。

「おや、これは済まないことをした。許せワンコ」

 刑部から解放されたラスカーは荒くなった息を整える。


「まぁ…それなりに楽しんではいますが…。この曲の歌詞って誰が書いてるか知ってます……?」

 ザイシャは適当な作曲家の名前を出すが、それはごく最近にデビューした作曲家ばかりだ。普通に考えれば連邦の国家を作曲した作曲家がこんな歌の歌詞をするなど思わないだろう。



 話をしているうちに外からかきほどから聞こえてくる軽快な音楽が聞こえなくなる。


「さ、みんな準備を始めて。ここまで来たら細かい指示なんかも無いし、今まで通りやったら花丸満点だ。ジャンナ少尉が合流したならば機体に搭乗、スタート地点まで移動する。そこからはエリョーメンコ少将の音頭に合わせてショーの始まりだ」

 ラスカーは立ち上がり、離れた位置にあるステージを見る。そこではジャンナが観客に向かって、ライブの感想などを話していた。


 しかし、準備と言ってもライブが終わるまでに小一時間ほど。とっくのとうに準備など終わっているのである。


 ラスカーは適当に身体を伸ばし、呼吸を整える。過剰なまでの緊張感は感じていないのだが、ある程度の緊張感を保つ為にも、通常より深く長く息を吐く。

「あら? 緊張しているのラスカー中尉、珍しいわね」

 アニーシェが深呼吸を繰り返すラスカーにそう話しかけた。アニーシェは普段通りのようで余裕のような物があった。


「いえ、緊張感を保つ為にあえて深呼吸をしているんです。しっかり成功させて気分よく新しい任地に行きたいですから」

「そう。でもま、あまり気負いはしないようにね。って、こんなの言われ慣れてるか」

 含みのある言い方だった。

 アニーシャが柔らかく微笑んだ。

「そんなことはありません。ありがとうございます大尉」

「………えぇ」

 アニーシャは多少の間を含みながらもそう答えて戻っていった。




 一番ハンガーの中は行き交う整備兵の怒号でかなりにぎやかになり、まともに話も出来ない状況になってきた。


「みなさーん! お、お待たせしましたぁ………」

 急いでパイロットスーツに着替えてきたジャンナが一番ハンガーに到着した。これで役者は揃ったことになる。


「全員、機体に搭乗っ。順次起動し開始までコックピットで待機だ!」

「「「「了解」」」」

 ラスカーは自分の機体『KsY-17メドヴェーチ』に乗り込む。開け放たれたコックピットハッチからシートに座り込み、コックピットハッチを閉じる。


 ハッチの閉鎖に伴ってシステムの起動が始まる。

 ラスカーの網膜に様々な情報が表示される。メインエンジン、腰部スラスター、脚部バーニア、各種マニュピレーターの導電性高分子アクチュエーター。各部に問題は無い。

 ここの整備兵の手腕にはいつも驚かされる。こっちに来て機体が動かなくなったことなど無かった。ビボルグ基地での機体の稼働率とは段違いだ。

 今日は使う予定の無い火器管制も問題は無い。


「脊髄接続開始」

 ラスカーの首筋にNRリングがはめ込まれる。

 ラスカーは一瞬の負荷の増大に呻くが、すぐに緩和され、脳内に直接機体情報が流れ込んでくる。

「接続率、異常なし」

 接続率も安定している。


 一応の不安としてジャンナに個別回線を繋げるが、すでに起動は完了していたらしく澄ました顔がワイプで表示された。

「あれ? 中尉、どうかしました?」

 ラスカーの杞憂だったらしい。怪物の卵は順調に育っていた。

「いや、ジャンナ少尉も一人前のひよっこの顔になったな、と思ってな」

「そうですか? って、ソレ絶対に褒めてませんよね!?」

「あぁ、戦場から生きて帰ってからが一人前のパイロットだ」


「むぅ…」

 ジャンナが場違いな子供らしい表情を見せるが、すぐに表情が曇ってしまった。

「不安か?」

「そりゃあそうですよ…。そもそも半人前なのにこんな………」

 ラスカーは言葉を探す。どうしたらこの部下を勇気づけられるのか。自分でも向いていないと思っていると、ラスカーが思っていた通りに頭痛がしてきた。

(やはり慣れないことはするべきじゃないな………)

「俺に喰らいついて来い。俺と同じように動かせば問題無い。お前になら出来る」

「そうですかね…?」


「謙虚は美徳と日本じゃ言われているらしい」

 藤堂が刑部に言っていたことをラスカーは思い出した。

「だが、過ぎた謙虚は反って悪徳だと思う。俺に勝って見せたお前はもっと胸を張っていい」

「は、はい!」

「それでいい」

 ジャンナの顔に笑顔が戻った。刑部が合流してきてからのジャンナは訓練でも当たり前のようにエースに付いてこられる程度に成長をしていた。


「それじゃあ個別回線を切るぞ。リラックスしておけ」

 ラスカーはジャンナの返事を待つことなく回線を切った。すぐさま自由回線が開かれる。

「こちらコーヴィッチ少佐。これから機体を格納したトレーラーの移動を開始する」

「「「「了解」」」」

 メドヴェーチを載せた八台のトレーラーが、ラスカーをモスクワでの最後の舞台へと押し上げ始める。




 滑走路上の簡易ステージが撤去されて、長い直線上を遮る物は何もない。

「さて、お集まりの皆さま。我が強化機甲戦闘機試験大隊の成果について発表させていただく、その前に―――、」

 エリョーメンコ少将の秘書が進行を始めた。


 ワイプでザイシャの顔が表示される。

「各機、リフトオフ」

 ザイシャの合図に合わせてトレーラーに積載されているリフトが持ち上げられる。

 仰向けだった機体が強制的に立ち上げられた。眼下の人々はアリのようだった。

 90度の角度になったリフトの拘束具が外され、機体の脚部が滑走路に足を着けた。


「さ、気張っていこうか」

 エリョーメンコ少将がマイクを秘書から受け取った。ラスカーは二本の操縦桿を握り直す。

「それでは、FoTE小隊の曲技飛行をご覧いただきましょう。FoTE小隊、前進」


 ラスカーは機体を巡航機動に移行させる。

 腰部スラスターから噴射剤を噴出させ、機体を前面に押し出した。だが、速度が規定値以上にならないように気を配る。


 先行する四機のメドヴェーチにはそれぞれ、前方にザイシャと刑部、後方にマクシムと藤堂が搭乗していた。

 その四機を追うようにして飛行するラスカーとアニーシャ、その後ろにはジャンナとマルセルが搭乗している。


 先行の四機の右側にラスカーとジャンナ。左側にアニーシャとマルセルが付く。

 八機は巡航機動のまま、大きく時計回りに旋回しながら高度を上げていく。

 ジェーコフスキー基地がだんだんと小さくなっていった。


 ローレライ・システムによって無人となったロシアの空は皮肉ではあったが、人の手が加わっていない美しさがあった。


「各機散開」

「「「「了解」」」」

 二機連携エレメントを基本単位として、前方を飛行する刑部、アニーシャ、ラスカーが返答する。


「ジャンナ少尉、ハンマーヘッドだ」

「りょ、了解!」

 FoTE小隊は機体を垂直、仰向けの状態で上昇させる。そして、ラスカーとジャンナはスラスターを停止させて機体を失速、右側に機体を反転させる。左側のアニーシャとマルセルも同様だ。


 中央二列はテールスライドと呼ばれる動きをする。途中まではハンマーヘッドと同様だが、スラスター停止後に、背面から一回転し垂直降下を始めるのだ。


「ジャンナ少尉、離れ過ぎだ。バーニアを少し吹かして俺と一直線になるように並べ」

「は、はいっ!」

 機体と地面との距離がだんだんと近づくなか、ラスカーは高度を何度も確認する。

(高度50ッ…)

「ジャンナ少尉、旋回開始。遅れるな」

 一本の棒が横倒しになり、転がるように、時計回りで再び旋回を開始する。向かい側のアニーシャ達も同様に旋回を始める。


 ザイシャと刑部達は垂直落下から縦状に大きな円を描くように飛行する。


 ラスカーとアニーシャ達は旋回からその円の中心で交差し、X字を作るようにしてすれ違う。

「そのまま垂直上昇だ」

「は、はひぃ~………」


 高度を再び取って八機が集合をする。ロシアの青い空に白銀の点が飛び交う姿に観客達は感嘆の息を漏らしていた。

「各機、スモーク噴射。ここを間違ったら懲罰房行きだから。気を抜くな」

 ザイシャがそう念を押した。


 機体の腰部スラスターの排気に、取り付けられた専用タンクから、赤に着色されたスピンドルオイルが晒されて、一瞬で揮発しスモークとなる。


「いくぞジャンナ少尉。俺と平行に並べ」

「はいっ!」

 機体を平行に並べて斜め上方に機体を動かす。そして、ラスカーは機体を反転させる。その間にジャンナは若干先行し、緩やかなカーブを描きながら飛行する。ラスカーはジャンナの描く曲線に合わせて自らのカーブの度合を決定させ機体を滑らせる。

 ラスカーの機体の前をジャンナの機体が通り抜けた。スモークは噴射していない。ラスカーは内心でジャンナを褒めたくなるが、今は堪えて自分の作業に集中する。

 最後にジャンナの引いたラインにラスカーのラインを重ねるだけだ。タイミングを合わせて専用タンクからのスピンドルオイルの供給を停止させ、離脱する。


「ラスカー分隊、作業終了」

「アニーシェ分隊、同じく」

 自由回線で小隊長のザイシャに報告を上げる。

「こっちも今終わった。後はランディングだけ。カッコよく決めなよ」

 ラスカー達とアニーシェ達とで並列に並び、減速を開始する。


 観客達は空に浮かびあがった同志の革命的シンボル、鎌と槌とソレを描いた雄姿を称えるべく、割れんばかりの喝采を上げる。その姿には気分の高揚を抑えることがラスカーには出来なかった。それはFoTE小隊の全員がそうだろう。


 後方にザイシャ達が付き、滑走路に進入した。

「リフトシステム、起動」

 メドヴェーチ脚部に内蔵された空気圧縮機が作動し、加圧された空気がメドヴェーチの足裏に発生する。それによって滑走路に足が突き刺さるといったことなく、着陸することが出来る。

 完全にスラスターを停止させ、加圧空気の層を形成したことで地面を滑るようにして、脚部バーニアにて完全に速度を停止させて、八機のメドヴェーチは着陸した。


「これで…」

 空気圧縮による騒音と観客の雷鳴の如き拍手喝采がラスカーのモスクワでの最後の任務の一切の終了を告げた。








 夜の帳が降りたモスクワ、いつもならば清閑なジューコフスキー基地では真昼の如く灯りが瞬き、賑やかな雰囲気がいつまでも漂っていた。


 ラスカーはエリョーメンコ少将のいる執務室の扉の前に立っていた。

 これからラスカーはエリョーメンコ少将から辞令を渡されるのだ。今は別件につきその場で待機していろ、と秘書に言われていたのだった。


「お待たせしました。お入りくださいトルストイ中尉」

 秘書が開いた扉からラスカーは執務室に入室した。

 赤い絨毯は足を取られそうなほどにふかふかとしていて、暖炉型の暖房が室内を暖めている。豪奢な造りの書斎机には一枚の紙だけが置かれていた。


「ラスカー・トルストイ中尉、出頭致しました」

 ラスカーは敬礼を少将に対して行う。少将も敬礼をして、直れと手でラスカーを制した。


「いや、待たせて済まない。廊下は寒かったろうに」

「いえ。お気に掛けていただくほどではありません」

 エリョーメンコ少将はその答えに満足そうに目を細める。


「それでは、ラスカー・トルストイ同志中尉。貴様に辞令を申し渡す」

 エリョーメンコ少将は秘書に机上にあった紙を渡し、秘書を経由してラスカーに伝わって来た。

 ラスカーは渡された紙面を見つめる。そこには新たな任地とラスカーの新しい肩書が用意されていた。


「それじゃあ、トルストイ大尉・・。貴様には強化機甲戦闘機試験大隊からの派遣要員としてアリーシュ駐屯地へと行ってもらう。主に貴官にやって貰うのは砂漠という環境下でのFoTEの稼働データの収集とFoTEの戦場での有用性の証明だ」

「はっ」

 アリーシュ駐屯地はエジプト、シナイ半島に置かれた旧オスマン帝国が築いた軍事拠点だ。未だなお彼らが築いた砦が残っている。


「現在、北アフリカがどういった状況か理解しているか?」

「はっ。現在エジプトのカイロ要塞にイタリア軍が立てこもり、英国陸軍と戦っていると聞いております」

 英国が作らせたカイロ要塞に枢軸軍が立てこもり、英国陸軍が地団太を踏んでいるのだ。ラスカーは自業自得だと思いつつ、エリョーメンコ少将にそう説明した。


「その通りだ。そして今回、英国はイタリアを枢軸国側から離脱させるべく、協力を打診してきた。これらは複数の作戦を束ねた一連の作戦として発令される。北アフリカから枢軸軍を駆逐した後、英国軍がシチリア島を経由してイタリア半島に上陸し、イタリアを降伏させる腹積もりらしい」

 ラスカーは目を見開いた。遂に防戦一方から打って出て連合国側は攻勢に出ると聞かされたのだから。


「中東方面軍は現在、トルコ人民民主共和国、中東諸国に駐留したまま本国に帰れない状況が続いている。それはバルカン、スターリングラードにまで突出したドイツの南部戦線が存在しているからだ。今回の作戦、うまく行けば彼らにもう一度祖国の大地を踏ませてやれるかもしれない。イタリアを降伏させられたなら、中東方面軍はブルガリア、ルーマニア、ウクライナへ大攻勢を掛け、膠着していた南部戦線を解消させる。同志大尉の働き如何では事がこう進む。その事を留意しておきたまえ」

 大攻勢と、リョーメンコ少将は力強く、印象付ける様に言った。リップサービスも多く含まれているが、ラスカーの辞令書を持つ手は震えていた。


「口で言うのはたやすいが、実際には多くの人命が失われるだろう。だが、この作戦によって大戦は確実に全体主義者の敗北と終戦に向かって大きく一歩を踏み出すだろう。数多の困難が貴様に降りかかるだろうが、世界の困難を振り払えるのもまた貴様のような勇者だけだ。貴様の奮戦には期待しているぞ」

「はっ!」




 エリョーメンコ少将の執務室から出たラスカーは収まらない武者震いを覚えていた。


 枢軸国を、ナチスドイツを滅ぼせる準備が整ったのだ。ラスカーはどれほどこの日を待ちわびたことだろう。

 仄暗い闘志がラスカーの目に鈍い輝きを纏わせた。

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