第24話 ポートサイド追撃戦Ⅱ
砲身から放たれた口径40mmの砲弾は遮られることなく敵機、『クレーエ』に向かって殺到していく。
しかし散開してそれを躱すと、敵は四機で構成された小隊規模から二機の分隊規模に編制を切り替える。
二機を自分に、残りをエルヴィラにぶつけるつもりか、とラスカーはスラスターを逆向きに噴射、つまり後退して距離を取る。
「ナチスの尖兵が! 俺の脇を通れると思うな!」
機体の横を通り抜けようとした二機のクレーエの正面に入ると40mm徹甲弾をばら撒く。
敵が回避機動を取ると、他のクレーエが援護射撃を行なってくる。これも同様にスラスター噴射による後退で躱す。そしてすぐさまラスカーの敷いた防御ラインを飛び出ようとした敵機に飛び掛る。
メドヴェーチは左腕部に40mm突撃機銃を、右腕部にはナイフを装備させている。
「そこッ!」
ラスカーは不用心に防御ラインを突破しようとしたクレーエの横腹にナイフを突き立てた。推力が合わさった突進により深々とナイフが装甲に突き刺さっている。
ラスカーは脚部バーニアを強く噴射させ機体を上下反転させると体勢を崩したクレーエからナイフを引き抜き、同時に機体を屈めてクレーエの機体をメドヴェーチの主脚で蹴り飛ばした。
その際にラスカーはリフトエンジンを起動させ、空気圧縮機が発生させた加圧空気とスラスターによって瞬間的な推力を得、次なる獲物を狙う。
40mm突撃機銃を構え、メドヴェーチは矢のように敵機の隙間をすり抜ける。
ラスカーを無視して突破しようとする者には背中に徹甲弾を浴びせ、迎え撃とうとする者には通り抜けざまにナイフで装甲を薙ぐ。
蝶のように舞い蜂のように刺す、をやって見せたラスカーだが、複雑な機体制御を行なう度に息が上がる。肺が空気を求めて膨張するのを加速に伴うGが圧迫しているのだ。
しかし、それでもラスカーは敵機に喰らい付いた。
先程と打って変わって敵小隊はラスカーを撃墜する戦いに切り替わる。
邪魔されるなら先に倒してしまった方が結果的に早い。そう考えたのだろう。それはラスカーにとっても好都合であった。
ラスカーは笑った。しかし、それは酷く濁った笑みだ。
四機のクレーエがメドヴェーチを取り囲んだ。ラスカーは包囲から脱しようと試みるが統制された火線がメドヴェーチを拘束する。
すると、突然自由回線で通信が入った。英語がスピーカーから聞こえてくる。話しているのは四機のパイロットのうちの誰かだ。
「今すぐ武装解除せよ。繰り返す武装を解除せよ。我々は不要な殺生をする事を望んではいない。大人しく此方に従うならばハーゲル陸戦条約に基づき捕虜として丁重に扱うことを約束する」
(四機で俺を囲んだ程度で勝ったつもりかッ)
身体の痛みが引いていく。否、脳のアドレナリンの過剰分泌が痛覚を麻痺させる。思考が明瞭に、クリアに、より獰猛な闘志を研ぎ澄まさせる。
ドイツ軍パイロットによる投降の勧告に対し、ラスカーは口を開いた。
「自分はソビエト連邦軍のラスカー・トルストイ大尉である。自分は決して投降はしない。確固たる意思で辞退する」
そして、一息付いてもう一度スピーカーに向かってドイツの言葉で言ってやる。
「残虐非道な行いを平然と繰り返すナチスドイツの将兵に投降を勧められる事は自分にとって最大の屈辱である。以上、通信終了」
徹底抗戦の意思を。
ラスカーは操縦桿を思い切り前に倒す。同時にペダルも踏み込んだ。
機体が地中海目掛けて、
ドイツ軍パイロットらは咄嗟の出来事に棒立ちになっていた。そしてこう思っただろう。「ヤケを起こしたか」、と。だがそれは次の瞬間に覆される。
ラスカーは海面に激突しないスレスレで機体を反転、背中を海に晒し、40mm突撃機銃の銃口を四機のクレーエの中央に向ける。
「ドイツの芋野郎にロシアのカクテルの味を教えてやるよ」
ラスカーは引き金を引いた。そして爆発が巻き起こった。
太陽も西に傾きかけた空の中で火の花が咲いたようであった。
なんてことは無い。油に火を付ければどうなるのか。それを実践して見せただけのこと。投棄したスラスターの主槽を撃ち抜いて爆発させただけだ。
ラスカーはもう一度操縦桿を前に倒しペダルを踏み込む。今度は高度を上げる為に。
この瞬間、敵の目を一時的に潰した。その一瞬を有効に使わなくては数で勝る敵には勝てない。
ラスカーは手短な敵機の背後に取り付いき、チェーンブレードで火器を持った左腕を削ぎ落とす。そして首に手を回して羽交い締めにした。
「お前は人質だ」
「クソッ! 離せ!」
離すわけがない。ガッチリと関節を固定し、逃げられないようにした。
他の機体はメドヴェーチを撃とうとするが捕らえたクレーエを縦にして、ラスカーは脇から40mmを連射した。
頭を潰された機体はそのまま落下していった。
「ケネスロイデ少尉!」
落ちていったのはケネスロイデというのか、とラスカーは自分でやったことであるが他人事のように聞き流す。
「此方グローム01。グローム02、状況知らせ」
ラスカーは残りの二機に交互に銃口を向け、ポートサイドの港から少しづつ距離を取りながら、エルヴィラと交信する。
「此方グローム02。現在、敵機甲部隊と交戦中………ドイツ軍本隊です」
「追い付かれたか………。兵員輸送船の損害状況は?」
「大破確実二、中破一、小破一。無傷なのが2、です………」
ラスカーはクソ、と吐き捨てる。
「此方グローム分隊! 敵がポートサイドに到着した! 繰り返す敵がポートサイドに到着した! 大至急ポートサイドに部隊を寄越せ! 一体どこで油を売っていたッ!」
「此方CP。現在、我が軍の機甲部隊はポートサイド付近で交戦中だ。だがお察しの通り戦況は芳しくない」
余計に悪態をつきたくなった。
「作戦はどうなっているんだ!?」
「港を死守せよ。兵員輸送船に敵兵士を乗せては………、少し待て………何っ!?」
(あぁ、また何か予定に無いことが起こったのか!?)
「グローム分隊、アメリカ第六艦隊がスペインに撤退を開始した! そのお陰で今イタリア海軍を遮る者がいなくなった。アメリカ第六艦隊は撤退の最中、多数の輸送艦を見たと言っている。つまりオスマン帝国軍人は全て囮だったというわけになる………」
「んなッ………! おい! 作戦はどうなるんだ! この状況で、今度は対艦攻撃か!?」
現在の消耗率を鑑みるに、これから対艦攻撃は不可能に近いだろう。ラスカーの機体は推進剤の残りはあと僅か。このまま地中海に繰り出せば、帰りの燃料が尽きてしまう。エルヴィラの機体も残弾はほぼ尽きてしまっているだろう。
「今、ブラギエフ大佐ら司令官が集まって最終決定を行っている。次の指示を待たれよ。通信終了」
通信が切られ、どうしようもない疲労感がラスカーを襲った。
「ザマァ見やがれ連合軍め! 所詮は寄せ集めだ!」
敵兵士の嘲りの声が回線を通して聞こえてくる。
「これじゃあもう人質は必要ないな………」
ラスカーは左腕部のチェーンブレードの刃をちょうどコックピットのある辺りに当て、刃を回転させる。
短い断末魔の悲鳴と共に残った仲間からパイロットの名を呼ぶ声が聞こえた。
ヒューバート中尉、と。
クレーエの脚部が地中海に落下していく。機体からは赤黒い、様々な液体が混じりあったものが滴り落ちる。
ラスカーは用済みのスクラップを投棄すると、残りの二機に突っ込んだ。
今までの反応から右と左のパイロットでは練度に差があった。
左は新兵もしくは機種転換したばかりであると、そう判断して左のクレーエの方向に飛び込む。
案の定、パニックでも起こしたのか、銃を乱射し始めた。
ラスカーはもう無意味な行為であるが、クレーエの頭部に徹甲弾を撃ち込んで脇をすり抜ける。
このままポートサイドのエルヴィラの援護に向かおうとしたラスカーを誰かが引き止める。
「聞こえるかラスカー・トルストイ」
自由回線からドイツ語が聞こえた。
振り向けば頭部を破壊されたクレーエを支えるようにして最後のクレーエがこちらの方を向いていた。
「俺は、アドルフ・ブレイン・カーレス中尉だ。部下の仇、いつか取らせてもらう」
ドイツ軍パイロットは自らの名を名乗った。
「そうか」
一言、そう返しラスカーはそのままポートサイドに向かう。
クレーエは飛び去っていくメドヴェーチの背中をずっと睨み付けていた。
「展開中の全部隊へ。作戦は当初の目標であったカイロ要塞の攻略を完了したと認め、現時刻を以て作戦の終了とする。繰り返すーー」
ラスカーはコックピットの壁を殴り付けた。
(結局、奴らに白星を渡しただけだった………!)
「交戦中の部隊は戦闘行為を中断し即座に帰投せよ」
グッと奥歯を噛み締めると、ラスカーは操縦桿を握り直す。
「グローム02、高度1000、跳躍噴射。味方陣地まで撤退する………」
「了解………」
跳躍時、Gが重く体にのしかかる。気を抜けば簡単に押しつぶされそうになるのを感じた。
茜に染まった砂漠で白の機体だけが風景に馴染めずに孤独に浮き出てしまっている。
藍白の敗残兵はその背に紺碧の地中海を映し、砂塵舞う砂漠へと消えていった。
この放送をお聞きの皆さん、ご機嫌よう。アメリカ合衆国大統領、クリント・ベルトローズです。
今回は喜ばしいニュースを皆さんにお伝えする為です。
失われた私達の十四年間を取り戻す作戦、その初戦に於いて我らが剣は枢軸軍をアフリカから駆逐する事に成功しました。
これは速報であり、詳しい情報は現在確認中との事ですが、連合軍の一員であるソビエト連邦軍が地中海へ後退していくイタリア海軍の輸送艦隊を目にした、との情報もあります。
いや、実に喜ばしい。皆さんにもこの喜びが伝わるでしょうか。
さぁ、共に称えようではないですか。大いなる勇気を持った我らが戦友の武勲を。アフリカ解放の喜びを。
これは始まりに過ぎません。ですが、この戦いの勝利が、必ずや我らに作戦の完遂という偉業を成し遂げさせるでしょう。
それでは更なる吉報をお待ちください。
クリントはマイクが切れたのを確認するや否やスピーチ用の原稿用紙を投げ捨て、踏みつぶす。
「何が、勝利だ。何が、偉業だ! 我らが合衆国の海軍が失態を演じたせいで枢軸軍を取り逃がした、だとスラヴの田舎百姓が! 調子に乗るんじゃあないぞ!」
クリントは今頃ヂュガシヴィリや北条が合衆国を貶める準備をし始めたのではないかと被害妄想を重ね始める。元々、連中は味方では無かった。アカと極右の国家だ。彼らはレンドリースという首輪を付けて戦争に参加させているに過ぎない。
まだソビエトは良いだろう。ドイツとの戦線を抱えているからだ。しかし、日本は違う。ドイツとは全く関係ない上に何年か前までは合衆国と戦争をやりかねない間柄であった。合衆国国民は反日感情を根強く持っているし、それは向こうも同じ筈だ。
大戦の行方、戦後のパワーバランス。思案を重ねれば重ねる度にクリントの胃が痛む。
「ウォーケン君、車を用意したまえ。仕事が山積みだよ」
「閣下。既に表で待機させています」
うむ、と部下に返事をして放送局を出る。仕事が出来る部下を持てた事だけが今のクリントの慰めだった。
「あの、新型の兵器はなんと言ったかな」
「強化機甲戦闘機、FoTEです、閣下」
クリントは報告書に書かれていたソビエトの新兵器運用部隊。彼らの戦果はこの作戦の失敗の中、目を疑うほどだった。
「そう、FoTEだ。各社に開発を急がせるよう伝えてくれ。補助金も出す、と。それと軍の方にも運用部隊の育成を急がせるんだ」
「かしこまりました」
クリントはウォーケンの開いたドアから車に乗りこみ、革張りのシートに腰を据える。ウォーケンも乗ったところで車は動き出した。
どう動くのが祖国の為になるのかを考えながらワシントンの夜景を眺める。道行く彼らの表情はおよそ戦時のものでは無かった。
「なぁウォーケン君。君はニンジャというものを知っているかね」
「確か日本のスパイ、のような者でしたか? それが、何か?」
「彼らは水の中に潜み、巨大なカエルを使役したり火を噴いたり、分身するらしくてね。本当にそんな人間がいるのなら是非とも戦場でその力を奮って欲しいなと………グリーンベレー辺りを日本に行かせたらニンジュツをマスターしないだろうかウォーケン君」
「閣下。仕事は明日に致しましょう。今の貴方に必要なのは愛国心ではなく休息だ」
ウォーケンは不安そうにクリントの顔を見つめている。
「いや、冗談だよウォーケン君………。しかし、そうだな今日はもう休むとしよう。いささか頭痛もしてきたよ」
ここは自由の国だ。合衆国の国民の自由の為にクリントは存在しているのだ。だが使命感に満ち満ちたクリントにも休息は必要だった。
(今は勝利の美酒に酔いしれるがいいさ。最終的に勝てば全て帳消しだ)
クリントは心のうちでそう言い張る。最後に立っていたのがアメリカなら、それでいいのだ、と。ソビエトでも日本でもなくアメリカ合衆国なのだ、と。
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