第30話 シベリア合同火力演習Ⅰ 『星条』

 ズドンッ、ドン! と、ラスカーの目の前に大きな土煙が上がる。放たれた大口径徹甲弾によって巻き上げられた砂塵は容易に20mの巨体を覆い隠す。


「後退しつつ、威嚇射! 目標はとにかく前方だ! 撃てッ!」

 40mm弾が土煙の奥に向かって奔っていく。だが、それは弾幕と呼ぶにはあまりに薄い。


 ラスカーの率いる第九小隊が発砲しつつ後退を開始した。Ks-17に搭載されたリフトシステムによって、メドヴェーチは加圧空気層の上を滑るように移動出来る。そこに腰部スラスターを前方に向けて噴射することで迅速な後退が行えるのだ。

 土埃を振り落として、白の機体が後退噴射バック・ブーストをした。


「この土煙じゃ相手の様子が見えないッ………」

「構うな、グローム04。出来るだけ出鱈目に撃て。俺達は釣り針に仕掛けられた餌・・・・・・・・・・・だからな」

「自分達はゴカイかイワシですか………。それじゃ、とびっきり上手そうに踊って見せますよ!」

 グローム04は軽い調子でそう返した。そうだな、とラスカーも応える。


 距離が………50、100、150、200と離れていく。

 ラスカーは引き金を握りっぱなしに、じっと前方を睨む。追撃してもらわねば困るのだ。顔を出せ、とラスカーは一心に念じる。


 風が吹いた。砂塵は風の吹いた方向に向かって流されていった。

「土煙、晴れますッ! 敵機…釣り針に掛かりました!」


「よろしい! 各小隊、ヤンキー共にシベリア土産の鉛弾を奢ってやれ!」

「「了解ッ!」」

 ラスカーは無意識に舌なめずりした。意気揚々と追撃してくる八機のマスケッティア。ぶっつけ本番にしては上々の釣果だ。


 40mm弾を使用する銃剣付きライフル『FRM-2』の照準を合わせようとマスケッティアが発射軸を調整するが、リフトシステムを搭載するメドヴェーチの機動力に処理が追いついていない。

 一見すれば追うアメリカ軍と追われるソビエト軍。だが、蓋を開けてみれば牽制射撃をするだけでアメリカ軍の攻撃を躱すに留めるソビエト軍と無駄弾を消費するアメリカ軍の姿。


「オラオラ! 当て返して見せろよ!」

 グローム04の撃った弾が敵機の肩部装甲に掠った。弾を当てられたマスケッティアのパイロットは頭に血が昇ったのか、スラスターを全力噴射して突進してくる。


 突出してきた機体の頭部を砲弾が抉り取り、慣性に引きずられて首の付け根から吹き飛んだ。

 頭部を破壊されたマスケッティアは隊列から脱落していく。

「お見事です! ラスカー同志大尉!」


 行進間射撃など、尋常なら当たる確率は極々僅か。それだけに当たれば、誰だって嬉しくもなる。

 だが、機体の脇を弾丸が通り抜けて行くスリルがラスカーの歓喜を抑える。


「いや、なに! まぐれだまぐれ! 本来の仕事に集中しよう!」

「目標地点まで距離300ッ!」

 グローム02が声を張り上げる。その報せは中隊全員の鼓膜を強く振動させ、心臓をドクン、と拍動させた。


「距離250………200ッ!」

 合図だ。


「第一〇、一一、一二小隊全機起動!」

 ラスカーが伏せていた三部隊を叩き起こす。マップ上のマーカーが爆発的に増えた。

 急に増えた敵機の反応に戸惑う素振を見せるアメリカ軍だが、もう遅い。

 既に中隊のキルゾーンに足首どころか腰辺りまで浸かっているのだから。


「距離100、50、0!」

「第九小隊、転進!」

 腰部スラスターの向きが180度傾いた。後退噴射を終了させ、機体を前進させる。

 包囲に気が付き後退しようとするアメリカ軍部隊を第一二小隊がブロック。左右に転進しようとすればそれぞれ第一〇、一一小隊が遮る。


「撃てッ!」

 アメリカ軍部隊を中心に四方向、全方位を取り囲んでの統制射撃。もはやアメリカ軍に逃げ場は無い。

 新品のようであった装甲板にその面影はもう見られない程に凹ませ、歪ませ、破損させる。

 観念したアメリカ軍部隊は兵装を投棄して、捕虜らしく両手を頭の後ろに回した。


「キャンディーズ小隊、ババロア小隊、小隊全機撃墜と判定。繰り返す全機撃墜と判定。当演習終了までその場で待機せよ」

 唯一、両軍の機体と通信を繋げられる管制官の、アメリカの方の管制官がそう告げた。


 第三中隊が仕留めた部隊はどちらもお菓子の名前を付けていたことを中隊は初めて知り、アメリカ人の感性というものはつくづく不思議だなと毒気が抜ける思いがする。


「ん? 了解した。あぁ~…ソビエト連邦軍強化機甲戦闘機試験大隊第三中隊の諸官らに、キャンディーズ、ババロア両小隊のパイロット達から言伝がある。『素晴らしい連携と練度だった。我々を撃破した貴官らの武運を祈る』と」


 管制官は少しばかりやり辛そうにそう告げた。ラスカーも返答に困り、数秒沈黙してしまう。

「管制官、キャンディーズ、ババロア小隊の勇士達に伝えてくれるか?」

「勿論だ」


「当演習はもう間もなく終了する。それまでシベリアの大自然を眺めていられたし、と」

 脇で聞いていた中隊の各員達からぷっ、と吹きだす声が聞こえた。


「了解した。その通り、伝えよう」

 しばらくすると、もう一度管制官の声がする。

「小隊員は大変な大食揃い故、雄大無比の風景よりも、演習終了後のボルシチを楽しみに待機する、との事だ」


 もう何人かが声を出して笑いだしてしまった。管制官にもその声は聞こえてしまっているのだろうが、貰い笑いしない辺りなかなかどうして大した精神力である。

「了解した」


「通信終了。第三中隊は演習に戻られたし」

 通信が切れると、ラスカーは隊列を組み直させ移動を開始する。

 脱落したのはさっきのキャンディーズ小隊とババロア小隊だけ。まだまだ演習は始まったばかりだ。


「いつまでも笑っているな。遊撃隊として、第一中隊が陣地を奪取している間の露払いはまだ終わっていないぞ」

「それに腹ペコの連中が待っていますしね」


 誰の声なのか、そんな軽口が聞こえてきた。

「そうだ。この演習でアメリカ軍部隊に敗北したなら中隊の夕飯は全て没収だからな」

 えっ! とそんな声があってまた笑い声が漏れた。


「いい加減にしろよ貴様ら。行くぞ」

「「了解っ」」

 現在地点は演習開始地点から東に進んだ地点だ。偵察に出た第9小隊は程無くしてキャンディーズ、ババロア小隊と接敵したことから、ある程度部隊を分けて敵は行動しているとラスカーは睨んでいた。


 強化機甲戦闘機試験大隊は三つの中隊に役割を振っていた。第一中隊は演習の達成条件である敵陣地の奪取。第二中隊は敵部隊の発見と観測。第三中隊が敵を発見次第撃破。


 シベリア合同火力演習は各国が相手を変えて演習を行う。それを統合して合同火力演習だ。これはその一回目である。


 この演習には多くの観戦武官や政治家が訪れている。アメリカ合衆国が参加を表明した時点で、既にこれはただの演習では無く、政治的な意味合いを持っている。故に強化機甲戦闘機試験大隊に失敗は許されない。軍を指導する共産党の望むの結果を示さねばならなかった。


 結果を出さねば、という政治的な要求に気を取られては戦闘の質や作戦の質が濁る。

 第三者の覗き見はラスカーにとっては余計な干渉でしかない。それだけにオブザーバーの存在は非常に疎ましかった。


「第三中隊より、観測報告。敵小隊規模と接敵、撃破要請が出ています」

「それを中隊にもまわせ。中隊転進。網に掛かった連中を蹴飛ばしに行くぞ」

「「了解っ」」




 人工的に植樹された森林の中に第九小隊と第一〇小隊が足を踏み入れる。第一一小隊と第一二小隊は別の入り口から森林に入った。包囲網を形成し殲滅する算段だ。

 この森林は細い道が複数存在し、全て中央の広場に繋がっている。

 機行戦車一機がどうにか通れる横幅の道は、攻勢側にしてみればやりにくい事この上ない。隊列は縦に間延びになり側面の防御は無防備になる。木々の枝が機体の緊急離脱の阻害にもなるだろう。ラスカーとしては早急に敵小隊を潰して森林から脱出したい。


「何を考えて、こんな場所に」

 ラスカーはビーコンを確認する。先ほどから位置は変わっていない。敵機を発見したが、此方は見つからなかった、という事なのだろう。依然としてアメリカの連中の反応は中央の広場の中に存在している。

 だが、そうなると敵小隊の意図が掴めない。この森林は、敵が攻め落とすべき本陣から近くない。潜み続ける理由が思い当たらない。何を考えてここに留まるのか。


「グローム09より中隊、中央広場に到達。繰り返しますグローム09、中央広場に到達」

「グローム09、敵機を視認出来るか? 味方機は?」

 確認を指示するラスカーの声に少しばかりの焦燥感が混じる。もしかしたら自分は下手を打ったのではないか、と自分の采配に疑心を抱く。だが、時既に遅し。


「味方機を視認しました。ん? これはっ………!?」

「どうした!? 報告しろグローム09!」

「味方機は既に撃破判定を受けています! 敵機は………くそッ!?」

 グローム09との通信が途切れた。だが、通信が途切れるその際に、爆発音が聞こえた。


「グローム09! どうしたグローム09!」

「グローム16がやられました!」

 やられた。一杯食わされた。ここは既に網の中だった。


「全機周囲警戒を強めろ! 敵はすでにこちらを包囲している可能性がある! 森林を脱出する! これは罠だ!」


 ラスカーは自分の無能っぷりに舌打ちをした。こちらが策を弄するなら向こうも策で対応するだろう。それを、失念するとは、いささか度し難いだろう。軍事的にも政治的にも。なによりラスカー自身のアイデンティティが失敗を許せない。

 罠だ、と自分で中隊に告げる自分が間抜けでならない。失敗の許容は自らをあの作戦本部の将校らと同レベルであると認めてしまう事だ。何をしてでも失敗を雪がねばならない。


「第一〇、一一小隊。離脱出来るか!?」

「退路に75mmガトリングを構えた敵機を確認! 今、後退すれば敵に背中を晒すのと同然、蜂の巣ですっ!」

「此方グローム08! 後方に75mmガトリングを確認! ゆっくりと前進してきます!」


 ラスカーの頬を汗が垂れる。

 考えろ。どうしたら包囲を突破して離脱出来る? 火力は向こうが上だ。75mm砲はそこらの戦車よりも威力が高い。そんな物をガトリングガンなどにするな!と声高に言いたい衝動に駆られる。


 どうしたらこの状況を覆せる? 勝ちを確信したアメリカ軍の機影は緩慢に近づいてくる。


「ラスカー同志大尉! 意見具申よろしいでしょうか!」

 その時、不意にコックピット内のラスカーに声が掛けられる。


「構わん。言ってみろグローム11!」

 グローム11、コズィン・ミハイロヴィッツ少尉だ。ラスカーは発言を許可する。


「後退、細い道を戻るのではなく、中央広場で合流した後、跳躍噴射ブーストジャンプでの離脱を提案します! 敵機の火力は目を見張るものであり、陸戦という概念で見れば包囲されております。ですが、FoTEの戦場は陸戦だけではありません!」

 コズィンの意見は天啓にも等しかった。

「ッ! 中隊各機、コズィンの話を聞いていたな! 広場で集結し跳躍噴射! 離脱するぞ!」


「「了解っ」」

 お互いに機行戦車なら確かに包囲殲滅されていた。元機行戦車乗りの感覚がシチュエーションのみで敗北と断じてしまっていたのだ。


「半年以上も乗り回していたのにな。教練がしっかりと身体が覚えているのは良い事なんだろうが………」

 ラスカーはフットペダルを踏み込む。機体の加速によってシートに身体が叩きつけられる感覚に伴うように、木々が後ろに流れていく。


 中央広場に出た。この森林は円環状であり、中央広場にはFoTEの飛翔を遮る物は無い。

「全機、跳躍噴射ッ!」

「「跳躍噴射!」」

 焦りから、視野が狭まっていたことをラスカーは自覚する。アフリカから帰ってきて以来、ラスカーの心は熱砂の上で、後悔の火傷を舐る。



 視界が緑から青に移り変わる。振り向けば足下に緑の森林がある。どうにか脱出出来た。

 追撃を躱すべく、巡航機動にシステムを移行させて森林に展開していた敵部隊から離れた位置へ中隊を移動させた。


 地面が近づく。ズドン、とコックピットの中にまで衝撃が伝わった。


「周辺警戒!」

 ここは平原部。隠れられる場所は無い。敵影は見当たらない。ここに敵はいないようだ。


「敵影無し」

「同じく」

「此方も!」

「問題ありません」


 各小隊長からの報告がそれを裏付けた。敵の姿が無いという事実が中隊の緊迫した空気がだんだんと緩ませ始める。


「撃墜されたのはグローム16だけか?」

 残存する戦力の確認も行う。


「第九小隊、全機健在」

「第一〇隊、同じく」

「第一一小隊は損傷を受けた機体が二つ。ですが、戦闘に問題はありません」

「第一二小隊、グローム16が撃墜判定。グローム15の損傷甚大。グローム14、グローム13は損傷軽微、戦闘に問題無しです」


 後方にいた機体は75mmの洗礼を受けていたようで被害を被っていた。機体の火傷痕が痛々しい。


「俺の采配ミスだった。森林に突入は迂闊だった………。グローム11、貴様のおかげで中隊はまだ戦える。ありがとう」

 素直に謝辞を述べたラスカー。しかし、心中は穏やかとは程遠い。


「そ、そんな………自分に頭なんて下げないでください!」

「いや、やらせてくれ。自分が未だ未熟な指揮官であり、個人的な感情から視野が狭くなっていた。そのせいで隊を危険に晒してしまった………」


「ラスカー大尉。コーヴィッチ少佐が仰っていたじゃありませんか。この演習はFoTE発展の為の演習である、と! それはパイロットや指揮官にも通じるのではないでしょうか。確かに、失敗だったかも知れませんが、それを成功に通じる失敗に変えてしまえばいいのです。その為の演習なのではないでしょうか」


 コズィンの言葉で、ラスカーは自分がいかに凝り固まった思考の中で行動していたのかを思い知った。様々な任務を通じて固定観念に囚われ、奇抜な発想を自然と敬遠していたのかも知れない。

 失敗を成功に繋げる、という発想もきっとラスカー一人では気づけなかっただろう。


 パイロット、指揮官の為の演習。なるほど、その通りだ。


「自分もコズィン少尉と同意見です。ラスカー大尉」

 エルヴィラが後押しをするように言った。それに続いて「自分も」。「私も」と声が上がる。


「失敗から学ぶ、か…。まだまだ俺も未熟なガキだったのかもな………」

 これは演習だ。実戦じゃない。あまり強く意識をするのも危ない事だが、失敗を理解することで経験則を得るのは悪いことではない。

 ラスカーは失敗を甘受してしまう事を必要以上に恐怖していたはずだった。


「あぁ、全く何て馬鹿な指揮官が存在しているのだろうな………」

「第三中隊に所属する者は全員が馬鹿です。ラスカー同志大尉」

 コズィンは誇らしげにそう言った。胸を張って、その目は前を、未来を見ている。


「上官を馬鹿呼ばわり、か。普通なら上官侮辱罪だが………」

 ラスカーは俯いていた顔を上げる。ラスカーには使命があるのだ。行き着くまで立ち止まることは許されない。

「そうだった! ここには同志バカしかいないのだったな!」


 敵は撃破した味方機のビーコンを放置して第三中隊を誘き出した。直前のあの異様な空気を肌で感じ取れたという経験は決して無駄にはならないはずだ。


「行こう。今度こそ遊撃隊としての任を果たそう。時間を必要以上に食ってしまった。この時間を無駄にしてはならないぞ!」

「「了解!」」

 若き軍人達は勇ましく吼える。

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