第31話 シベリア合同火力演習Ⅱ 『星条』

 ザイシャは一定の間隔を開けて更新される撃墜者リストに目をやる。

 第二中隊の損耗が激しい。第三中隊には敵が網に引っ掛かり次第、攻撃するよう指示を出してあるが、どうにもアメリカの連中、想定以上の抵抗を見せているらしい。


 アメリカ軍の部隊は戦域全体に張り巡らせた此方の目のうち、陣地に近い者だけを撃破し本隊は陣地に引き籠った。

「日よったアメリカ人も、流石に脳みそは付いてるか………」

「やはり資本主義者は狡猾でしたね」

 狡猾と罵ったグリゴリーをザイシャは咎めない。中身の無い、すっかすかの、政治的配慮で体裁を整えた会話。誰が聞いているか分からないのだ。愚痴の一つも言わせて貰えないのが、独裁国家の常識である。


 ザイシャは眉を顰める。第二中隊の行く手に立ちふさがる敵二個中隊が第一中隊を睨んだまま動かない。同様に第一中隊も動けない。動かないのではなく動けない。一字違うばかりで、両者の心境は圧倒的なまでに開きがある。なぜなら彼らの火力ははっきり言えば大隊の火力を集結させても敵わないのだから。


 75mmガトリングガンやら多連装ロケット砲やら、味方なら手放しで喜ぶのだが、向こうさんが持っていると今すぐにでも逃げ出したくなる。

 何故ならザイシャ・コーヴィッチという男は弱冠23歳で野兎の二つ名で呼ばれるほどに臆病者なのだから。英雄的挺身でクレムリンで表彰された時など、場違い過ぎて鳥肌が立った。


 合同火力演習が始まる少し前、まだモスクワに居た頃。ザイシャは少なくとも階級が三つは上の政治将校らと偉大なる党の親愛なる同志殿に言われた言葉を思い出す。

『同志少佐。君達の部隊はアクセルしか載せていない自動車だ。そんな車がどうしてバック出来るのだろうね? 連邦共産党はコミュニズムの盟主として世界にその理想の正しさを示す義務がある。それは党に忠誠を誓った同志達の義務でもあるのだよ』

 目の前にいるのが猪突猛進しか能の無い獣であったなら、同じく前進しか出来ない車でも轢き殺せるだろう。

 だが、現実は違う。目の前に居並ぶのは現代技術の粋を集めた兵器だ。それらは平然とロケット砲をぶっ放してくるのだ。

 次元が違う。


 ザイシャは考える。どうしたらあの火線を潜って敵陣地を攻め落とせるのか。敵は小賢しい事に此方がぶっ壊れた大型バンで愉快にドライブしている事を知っている。だから、こんな布陣なのだろう。

 元から此方の陣地を叩かなくてもいいのだ。猪突猛進しか能の無い獣の前に、ちょっと餌をぶら下げてやれば、簡単に突っ込んでくる。


 ザイシャは機動戦で敵機の数を減らして、手薄になるはずの陣地を攻め落とすつもりだった。Ks-17の機動力なら充分にマスケッティアを圧倒出来た。だからこそ、少数の状態を叩いて陣地に数で攻め入りたかった。

 しかし、実際は此方の政治的・・・な軍の弱点を突き、陣前撃滅じんぜんげきめつという方法を用いている。


 撃滅、あぁモスクワにおわす革命の闘士殿の好きそうな言葉だ。ザイシャも撃滅されるのが自分で無ければ、椅子の上にふんぞり返って言ってみたい言葉ランキングの上位にぶち込みたい。


(政治で戦争に勝てるんなら、銃もナイフも要らないよ全く………)

 溜め息ついでにザイシャの頭が痛む。嘆いても状況が変わらない事は重々承知の上だ。


「キルコーロフ中尉、第二中隊に第一中隊と合流するように通達してくれ」

「はっ」


 グリゴリーに指示を出して、ザイシャも別の通信チャンネルを開く。それはザイシャの考え得る最後の打開策に繋がっている。

「此方大隊長より第三中隊へ。そちらの状況を知らせ」


「此方第三中隊、隊の損耗は軽微であり作戦行動に支障無し」

 第三中隊はまだ動く。


「敵部隊との戦闘はどうなった?」

「敵部隊の陽動にかかり部隊が包囲されていました。幸いにして包囲から離脱は出来ましたが………」

 機体数は両軍共に同数で揃えてある。現状、ザイシャの目の前に二個中隊が存在し、第三中隊が二個小隊を撃破している。なら、包囲を作ったのが残りの二個小隊か。


「第三中隊はその敵部隊を撃破しろ。その部隊を潰せば陣地はひとまず安全になる」

「それはどういう………?」

 向こうの声に困惑が混じった。戦域データ・リンクをアップデートしてないのか、とザイシャは叫びたくなるが、どうにか堪えて言葉を続ける。


「戦術データを送る。確認は後だ。第三中隊は敵部隊を撃破した後――――、」

 敵の配置状況は、厳密に言うと陣地から少し前に出た地点に横長に伸びている。横に長く機体を配置している分、線は太くない。陣地に機体は残っていないだろう。


 ザイシャはこれでもかとお家芸の虚勢を張ってアフリカ帰りの英雄に告げる。

「上空から敵陣地を強襲し、敵二個中隊を挟撃する」

 同志共の意を汲みかつこの名ばかりの実弾演習を成功裏に終わらせる作戦は、これしか無い。




 ラスカーは第二中隊から送られてきた索敵マップに目を通す。

 第二中隊は第一中隊と合流し、敵陣地直前に集結しつつある。だが、アイコンはそこで足踏みをしたまま動かない。味方アイコンである青の点と敵を示す赤の点が互いに睨み合っているようだ。


 ラスカーは包囲から離脱された敵部隊がどう動くのか考えていた。

 敵が包囲殲滅を狙ってきたのは劣る機動力をカバーする為だろう。それが失敗し、此方の本隊が敵陣地直前で陣前撃滅を執った敵本隊と睨み合い。第三中隊を叩く理由が無い。

 此方の本隊を潰せば、最早陣地に敵本隊が籠る必要は無い。第三中隊を擂り潰すのも、此方の陣地を叩くのも容易だ。


 ならば、敵部隊が執りうる次の行動は―――――、

「中隊、我々を取り逃がしてくれた部隊を撃滅した後、敵陣地を強襲せよとの指令が下った。失敗を雪ぐ機会が与えられた。この恩情に我々は応えなければならない。奴らが本隊と接敵する前に潰さなければこの演習に勝ちは無い」

 ラスカーは声高に叫ぶ。敵部隊は恐らく敵本隊とで本隊を挟撃するだろう。


「隊列を組め。機動準備。跳躍噴射!」

「「了解ッ!」」

 スラスターが瞬くと、鋼の巨人は飛び立った。大地も木々も全てが一瞬で遠のいて小さくなる。


 時間は無い。敵の火力は圧倒的。だが、やるしかない。やれるという自信がラスカーにはあった。

「第二中隊の索敵データ。敵部隊が最後に見つけられたのは………」

 森林から離脱してから五分後に、本隊の後方5000mの地点。いや、本隊にはさらに迫っているだろう。今の隊列を組んだままだと、追いつけないかもしれない。


 ラスカーは瞬時に判断を下す。今のラスカーの思考は明瞭その物だ。

「第九小隊、第一二小隊は先行して敵部隊を足止めする。当該する小隊は120mm滑腔砲及び予備弾倉を投棄して機体重量を軽減させろ。残りの第一〇小隊、第一一小隊の指揮はエルヴィラ・ザノフ少尉、その補佐をコズィン・ミハイロヴィッツ少尉に任せる。足止めをしているうちに到着した第一〇、一一小隊の火力を以て敵部隊を撃滅させる。いいか」

「了解」

「りょ、了解っ!」

 二人の返答が時間差でラスカーの耳に届く。コズィンの声は上擦っていた。新任の身分で最先任の補佐ともなれば致し方無い事だろうが、ラスカーはコズィンの新鮮な発想という物に期待していた。包囲下、殲滅されるか否かという状況で上官に意見具申出来る程の肝っ玉の太さと基本を忘れない沈着さはこの中隊でも屈指。経験を積ませれば充分にモノになる器だ。


「そう気負うなコズィン少尉。貴様が教練で習った通りに行動すればいい」

「はいっ!」

 良い返事だ、とラスカーは頷くと頭を切り替える。


 機体ステータス、武装情報、120mm滑腔砲、とメニューを表示して選択していく。

「120mm滑腔砲の投棄完了。第九、一二小隊は隊列から先行する。付いて来い」

「「了解」」

 次々と120mm滑腔砲が投棄されていく。あれらを回収するのは骨だろうが、それどころではないのだ。構ってもいられない。


 第九、一二小隊所属の機体が今現在保持しているのは40mm突撃機銃とナイフ二本。チェーンブレードが二つだ。格闘戦ならば120mm滑腔砲はかえって邪魔になる。死重量デッドウェイトを排した七機は隊列を抜けて、腰部スラスターを激しく煌かせた。




「敵部隊を目視で確認。数八。先ほどの部隊です」

 第九小隊小隊長のグローム02が視覚した情報を戦域データ・リンクを通して後方を進む第一〇、一一小隊に伝えている。


「リベンジマッチをさせて貰うぞ。第一二小隊は第九小隊の突撃を支援。今度は策と言った策も無い。正真正銘の殴り合いだッ!」

 ラスカー達は天高く昇る太陽を背にして敵機目掛けて突進した。


 左腕部に突撃機銃を保持し、右腕部にナイフを掴む。

(敵、数は八。最優先攻撃目標は75mmガトリングを持つ機体だッ!)


 第一二小隊の作った弾幕と共に敵機に迫る。75mmガトリングガンがラスカーに向けられた。ラスカーを見上げるようにガトリングの砲口を向けた機体の頭部がはじけ飛んだ。

 制御を失った75mmの弾雨が周囲にまき散らされる。ラスカーは首無しの機体の、ガトリングガンを保持する右腕部に40mm徹甲弾を叩き込む。

「一機! 次ッ!」


 先ほどの75mm砲の乱射によって敵部隊の隊列は崩れている。グローム02、グローム03が敵部隊の前方を抑え、グローム04とグローム12が後方を抑えている。機体にダメージを負っているグローム13とグローム14が側面から射撃で離脱しようとする敵機を牽制し、敵部隊の前進を阻んでいる。


 襲撃を受けた敵部隊は酷く混乱した様子。その混乱の渦中、最央でラスカーはナイフを振るう。

 敵八機中、ガトリングを持っているのはそのうち四機。ラスカーが一機潰して残り三機。


 損傷しているグローム13を突破して離脱しようとしたマスケッティアに40mm弾を浴びせ、直近の機体をチェーンブレードで撫で斬りにする。完全に断ち切るまでにはいかなかったが、その機体は体勢を崩してしまう。

 倒れた機体にトドメを刺すか、ラスカーは一瞬勘案しその考えを捨てる。ラスカーは敵のど真ん中、ある一点に留まってはいい的だ。せめても、とラスカーは足元に転がったマスケッティアを踏みつけておくが。


 後退噴射バックブーストで後退、腰部スラスターの噴射剤の量を、レフトスラスターを抑え、ライトスラスターは通常より多めに吹かして機体を強制的に反転。右脚部バーニアを噴射させ推進力を増したキックで機体後方のマスケッティアを蹴り飛ばす。


「すげぇ………」

 通信からそんな声が漏れるのもお構いなしに次の機体に照準を合わせると40mm徹甲弾が棒立ちのマスケッティアを穴だらけにしてしまう。


「120mm榴弾、着弾まで五、四、三………」

 不意に通信から着弾までのカウントが流れる。女神降臨の時間が来たようだ。

「各機散開! 誤射でやられてくれるなよ!」

 ラスカーも後退噴射バックブーストで着弾範囲外に退避する。残されたのはアメリカ軍機のみ。


「二、一………。着弾、今ッ!」

 ズドォォォンッ!

 炸薬が破裂し地面を抉り取った。爆風でマスケッティアの一機が吹き飛んでしまっている。

 戦場の女神はその指先一つで何もかもを吹き飛ばして見せる。降り来る轟音は味方を鼓舞し猛る者に勝鬨を、臆する者に勇気を与える。

「効力射と認む! 効力射と認む!」

「次弾発射」


 部隊きっての狙撃手が遺憾無く、その辣腕を振るう。たったそれだけの事実でこれほどまで安心感を得られる物だろうか。

 彼女の熱烈な視線だけは浴びたくないと、ラスカーは零した。


「発射確認。着弾まで五、四、三、二、一ッ………!」

 観測手はカウントを読み上げるほどにその声に興奮が混ざり込む。

 彼がノーリ! と叫んだ瞬間、女神の一撃が降り注いだ後、新大陸よりやってきた巨人の全てが大地に伏していた。

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