第4話 ユーラシアから集う戦士達Ⅱ
「中尉」
ブリーフィング室から出て、兵舎に用意された士官用の私室に向かおうとしていたラスカーに声が掛けられる。ラスカーが振り向くと、ザイシャが立っていた。
「コーヴィッチ同志少佐っ、自分に何か御用でございましょうか?」
ラスカーは反射的に敬礼をした。ザイシャもまた敬礼を返す。
「いや、用ってわけでもないんだけど…。同じ連邦陸軍出身だしさ? 仲良くしようラスカー・トルストイ同志中尉。あ、名前で呼んでいい?」
「はっ。自分にそこまで言っていただけるとは、恐縮です。自分のことはお好きなように及びください」
「そっか。ありがとうラスカー。君は確かフィンランド…北部戦線に居たんだよね?」
ザイシャはスターリングラード―トルコやドイツ拡大勢力圏に飲み込まれたウクライナにほど近い。―のある南部戦線にいた。だから、任務や作戦でも会ったことはなかった。
「君がソビエト連邦軍人で初めてドイツの
ビボルグ基地でのことを思い出し、ラスカーはスタルコフ達のことを思い出す。葬儀などにはラスカーは参加出来なかった。そのことがラスカーのただ一つの心残りになっていた。
「あの戦闘で部下を三人死なせました。そんな大層な肩書は自分には勿体ない」
「そうだったのか…。悪い事を聞いたね、まだ大して時間も経っていなかったのに………」
「いえ、コーヴィッチ少佐の気にすることでは………」
どんな英雄的な行動の裏には消え去った者達の影がある。それを理解したラスカーには称賛を面と向かって言われるのは少し堪えていた。
「FoTEとの戦闘について聞いてみたいことがあったけど、やっぱりいいよ。引き留めて悪かったね」
ザイシャは回れ右をして去っていこうとする。
「コーヴィッチ少佐。自分は構いません。それに話をする方が多少は自分も楽になるかもしれません」
口に出してしまってからラスカーは自分の口下手加減に呆れてしまう。アリアナが第34中隊でやっていたことを実践してみようとしたのだが、状況も相手も違い過ぎる。
(一体なんだ、FoTEのことを話せば気が楽になる、なんて。どこにそんな奇特な人間がいるというんだ………。アリアナの人心掌握の術には一生勝てるということは無いな。それに医務室での一件も、きっと俺のことを慮っての事なんだろうな。それを今頃気づくとは…つくづく自分の至らなさを自覚させてくれる………)
そんなおよそアリアナ本人のことを一八〇度誤解した認識を経てラスカーはザイシャとともにブリーフィング室に戻ることになった。
「話と言っても、戦闘当時は吹雪によってほぼ有視界外戦闘だったと言えましたから…、ですのであまり理詰めで話せることは無いのですが、戦闘をしたときの感触というか、そういった物を説明させていただきます」
ブリーフィング室に残っていたのは空軍出身のエフストイ兄弟と帝国海軍の藤堂の三人、そして戻って来たザイシャとラスカーの五人だ。
各人、そこそこ興味を持ったらしく四人がラスカーを視線の延長上に捉えていた。
「ドイツ軍のFoTEは視界の悪い吹雪の中、適格に自機のコクピットを狙撃して来ました。あれがFoTEの基本的な能力なのか、搭乗者の技能なのかは分かりかねますが、ただこの戦闘を通して自分を常に捉えていた節はありました。その後、自分は30mm弾を発砲するも、敵FoTEの装甲にはダメージを与えることが出来ませんでした」
「なら、トルストイ同志中尉はどうやってドイツ軍のFoTEを撃墜させたのですか?」
ラスカーに質問をしたのはエフストイ兄弟の兄の方のマクシム少尉だ。だが、会って間もないラスカーには二人の分別はついていないが。
「MT-4ヴィフラの中腕部にはチェーンブレードが搭載されているんだエフストイ同志少尉。それで切断した」
「せ、切断…?あの不人気のチェーンブレードで、ですか………?」
マクシムは心底驚いたような表情をした。代わりにラスカーは困惑してしまう。
「不人気?自分は結構好きな兵装なのだが………」
(チェーンブレードが無ければ撃墜させられなかったんだぞ?)
ラスカーは自分が何かおかしなことを言ったのか、考えるが思いつく理由は無かったので気にしないことにして説明を再開させた。
「チェーンブレードならば機行戦車のチタン合金装甲を数秒で切断出来ます。これで上下半身を分断してまず一機。敵パイロットの練度不足もあったのですが、ドイツ軍FoTEの上半身を残りの一機に投げつけ、敵パイロットの救助を優先しようとした残り一機の脚部を切断、その後武装化または武装を保持していた腕部を切断しました。戦闘はここで終了します。簡単にですが、これで自分の話は終わります」
ラスカーはザイシャに向けて一礼をする。ザイシャは顎に手を充てて何かを考え始めた。
「切断云々はともかくとして、30mm弾が通じないのはねぇ………。陸、海軍で使われている30mm突撃銃が通用しないとなると、お偉いさんが同じ FoTEの開発に躍起になるのも仕方ない、かぁ………」
「いえチェーンブレードが………」
「う~ん………」
ラスカーがチェーンブレードの有用性についてザイシャに語ろうとしたとき、今まで席につき沈黙を守っていた藤堂が立ち上がった。
「トルストイ中尉!」
「どうかしましたか藤堂中尉」
ラスカーがザイシャから藤堂に目線を移す。藤堂の肩は震えていたように見えた。
「貴官の説明では救助しようとしていたドイツ軍機に攻撃をしたということでしたが………」
救助中、というのはあの状況を詳しく説明するのが面倒だったラスカーの言葉の綾であったのだが、藤堂はこれが気に喰わなかったらしい。
「何か、問題が?」
「救助中の攻撃など卑怯者のすることではないかッ。更に未だ生存者の乗る機体を投げつけるなど………問題と呼ぶ前に人として、そのような人道にもとる行為は恥ずべきではないのかッ!」
(はぁ?)
ラスカーには分からない。今の話がなぜ藤堂を怒らせた、もとい騒ぎ立てさせる理由があったのか。
「その戦闘終了後、ドイツ軍パイロットを一人捕虜として拘束しましたが?」
「それは、つまり貴官がそのようなことをしなければ二人とも生きていられたのではないか?」
(そのようなこと…? 一体彼女は何を言っている?)
「申し訳ない藤堂中尉、自分にはなぜ中尉がそのようなことを言うのか分からない」
ラスカーは他人と話すときは絶対に目線を相手の目から離さない。ラスカーの碧眼はじっと極東から来た少女を見据える。
「二人とも、と仰るが…なぜ敵軍の兵士に情けを掛ける必要があるのか。死んでしまったドイツ軍パイロットは投降の意思を示してはいない。まして、そのようなことを言うならば、自分の部下は三人。その戦闘で敵に殺されましたが?」
「違う、そういうことじゃない。私が言いたいのはあなたのその、敵ならば何をしてもいいようかの言動がおかしいと言っているんです!」
藤堂はラスカーに詰め寄って来た。今はラスカーの顔のすぐそばに藤堂の顔がある。もう一歩近く詰めよれば互いの鼻先がぶつかろうかという距離だ。
「先に攻撃をしてきたのは向こうであるし、そもそも我々が行っているのは戦争だ。殺し合いだ。我が第34中隊は生き残る為ならば何でも利用する。それを人道だ倫理だなどと言っていれば、今日生かせる命を守れないからだ」
「ならばあなたの第34中隊は生き残る為ならば味方の死骸を貪ってでも生き続けるのですが?」
「なにッ?」
藤堂の先ほどの発言はラスカーの平時は機械的な心に怒り…いや殺意とも呼べるような感情に火をつけた。
ラスカーにとってはあそこが自分の居場所であるし、今の藤堂の発言はラスカーの逆鱗を触れたどころか撫でくりまわした後で排泄物を塗りたくるかのような言動であった。
「もう一度言ってみろ極東のサルがッ!」
ラスカーが凄むが藤堂は一歩も後ずさりすることがなく、相も変わらずラスカーを睨む。
「あなたの言う事を聞く限りそうではないですか。
ラスカーと藤堂はお互いがお互いを睨み合い、和解などという物がおよそ成立しないことは誰の目から見ても明らかであった。
いよいよマズくなってきた空気がブリーフィング室に漂う。ラスカーは目の前の藤堂が、第34中隊を侮辱した藤堂が憎らしくてならない。それゆえに抑えてはいるが握りこぶしを握っていた。
「はーい、そこまでだ。ラスカー中尉、藤堂中尉。これ以上は許さない。我々が参加を許されているのは国家の行く末を決定するかもしれない大事な計画だ。不和をもたらすような者はこの場所には不要だ」
ザイシャがラスカーと藤堂の間に割って入る。それを見たエフストイ兄弟が胸を撫で下ろしている。
「祖国の為に戦っているからこそ、
藤堂が悲哀の籠った目をした。急にしおらしくなった藤堂にラスカーは口を開くのを躊躇ってしまった。
そして藤堂はブリーフィング室から出て行ってしまう。ラスカーはその背に言葉を掛けることが出来なかった。ただ去っていく彼女の背中姿を見つめることしか出来なかった。
「気分を変える為にも酒でも飲もう。ジューコフスキー基地にはバーもあるらしいからね」
「いえ、その…自分は辞退します少佐殿………」
ラスカーも我に返り、藤堂が最後に言い残した言葉について考えていた。
「戦争をしているからこそ、って奴かい? まぁ分からなくもないね。さ、そんな話も酒を飲みながらしようじゃないか!」
ラスカーの肩にザイシャの手が回され、肩組をした状態になる。なお、ラスカーとザイシャの後ろにはエフストイ兄弟がいる。
気を使われているのが鈍感なラスカーにも分かった。だからこそ、子供らしくカッとなってしまった自分が恥ずかしく思えてきたのだ。
「彼女の最後の言葉を聞いてどう思った?」
「
ラスカーにはアメリカ人に対して同情をしたことは無かったが、帝国軍が行ったこの奇襲はソビエト連邦国内でも大いに話題になった。
「いいかいラスカー、それは封印だよ? 彼女の前で言っちゃいけないからね?」
「はぁ…? 了解しました」
ザイシャの顔が少しばかり青ざめているように見えた。ラスカーもせっかく気を使ってくれている上官の意思を無駄にするような男ではない。少なくともラスカーはそのようでありたいとしている。
「真珠湾での奇襲は確かに日本人という民族に卑怯者のレッテルを貼りはしたけれど、藤堂中尉を見て日本人全員が卑怯者であるようには僕は思えないし、命の扱い方に対してラスカーに異議を唱えた彼女は彼女なりの筋の通った正義と呼べる物を持っているんじゃないかな。まぁ、それが誰に対しても当てはまる絶対的な物では無いことを彼女は分かっていないようだけれどね?」
ザイシャは藤堂の肩を持つでもラスカーの肩を持つでも無く、どちらにも否があるといった喋り方をする。確かに自分の内に秘めている正義が画一的で一般的な物だなどとラスカーも思ってはいない。むしろ藤堂にも彼女の絶対的な信念を持っていることに、ラスカーは勝手ながら親近感のような物すら感じていた。
「うんうん、よし! じゃあパーッとやろうか! 今日は僕の奢りだよ!」
ザイシャがそう叫んだ。後ろのエフストイ兄弟も「おー」と叫ぶ。ザイシャが、南部戦線の英雄がこうも気さくで心遣いの出来る人だったということにラスカーは無意識のうちに安堵を覚えていた。
「お気遣いありがとうございます少佐殿…。お言葉に甘えようかと………」
「僕のことも任務じゃないときは名前で読んでくれないか!」
「は、はぁ…。ザイシャさん」
ラスカーは英雄のフレンドリーさに少し驚いて笑ってしまった。藤堂に抱いていた怒りは気づいたら萎んでいたのが分かった。
「いいねいいね! 僕のこと、誰も名前で呼んでくれなかったんだよねぇ、僕は仲良く酒が飲みたいのに僕が近づくと皆シーンとしちゃうしさぁ!」
(いや、それは…まぁ。その兵士達の気持ちが分かるな。ザイシャさんはその若さで何万人もの命を救った英雄だからなぁ………)
「この基地も捨てたもんじゃないね! さ、嫌なことを忘れるくらいにウォッカを飲もうじゃないか!」
この時点で廊下を行くテストパイロット達は南部戦線の英雄の酒癖の悪さについて全く知らないのだった。
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