第17話 砂漠の残夜Ⅲ

 連続した炸裂音が密閉された射撃場に響いた。火を噴いた銃口からは硝煙が立ち昇る。

 7.62mm弾は正確に人型ターゲットの心臓部、頭部を貫いた。

 並の技量ではないことは明白であるが、射手はそれを大したことではないと言いたげだった。


「見事な物だ…。さて、俺は………」

 ラスカーは引き金を引いた。ラスカーは心臓に狙いを付けて発砲するが7.62mm弾は目標よりも下のわき腹を貫いた。


「この通りだ」

「分隊長は少々力み過ぎなのかもしれません。ここの射撃場じゃ的は動きませんから、もっとちゃんと狙いを付けるべきでしたね」

 エルヴィラは無感動にそう指摘した。ラスカーは言われた通りに再び射撃する。

 薬莢内の火薬が炸裂し、手に後ろ向きの衝撃が走る。


「おぉ…!」

 今度は心臓部を捉えた。と言ってもギリギリ心臓に掠ったとも言える箇所だった。

「お見事です」

 エルヴィラが両手を叩く。二人しかいない射撃場に寂しく木霊した。


「お世辞はやめてくれ。少尉の技量を見せられたあとでは感動も薄れてしまう」

「そうですか。了解いたしました」

 ラスカーは一つ考えていた。実機訓練での挙動と食堂であのいけ好かない男が言っていたエルヴィラの適正数値のことを。この戦場で何を、どう行動すれば効率よく戦えるのか。


 夕食を済ませたあとのガス抜きのつもりで来てみたが、ラスカーはとんだ拾い物をしたようだった。


 ラスカーはふと思いついたことを口走る。

「この自動拳銃で50m先の的を射抜けるか?」

 ラスカーは自身の手に握られた自動拳銃をエルヴィラに披露するようにトリガーに指を掛けて手の平を開く。


 ラスカーはかなりの無茶を言っている。それは拳銃の平均的な有効射程が5~10mであるからだ。だがエルヴィラならなんとかしてしまうのではないか、という謎の確信があった。


「やってみないことにはなんとも言えませんが………」

 口ではそんなことを言いつつエルヴィラが50mのレーンに移る。

 射撃位置につき、肩幅ほどに足を広げる。左手でグリップを握りマガジンキャッチの部分を右手で包み込むようにして握る。

 エルヴィラは特に気負うこともなく、一、二度、深呼吸を繰り返しフロントサイトに的の照準を合わせると、息を止める様にして引き金を引いた。

 エルヴィラには慣れ親しんだ感触だけが手元に残る。


「ヘッドショットは難しいですね」

 エルヴィラが的からラスカーの方に顔を向ける。ラスカーは引き攣ったような笑みを浮かべていた。

「簡単に言ってくれるなよ………」

 エルヴィラの放った弾丸は、ラスカーのオーダー通りに的を射抜いていた。有効射程から五倍近く離れた的にだ。これにはもはやラスカーの開いた口が塞がらない。


 これほどの技量を持っていながらなぜエルヴィラは他人から侮辱を受けることを良しとしているのか。ラスカーは発見とともに他人の心理の理解という深い思考の迷宮へ一歩足を踏み込むこととなる。




「あぁん?」

 徹夜夜通しKs-17の修理作業をしていたハミルマの顔にはしっかりとくまが刻まれていた。

 ぽっきりと折れていたスラスターはすっかりと新品に切り替わり、今は調整作業中であった。


「メドヴェーチに支援火器みたいな物を付けられないか? 例えば…ヴィフラの、確か76mmだったか? そんな感じのがいいんだが」

「76mmぃ? 驚きの稼働率の低さですぐに生産中止したあの76mmですかい?」

 76mm重機関銃は高い威力を誇った反面細かな部品がすぐに使い物にならなくなることで機行戦車乗りの間では一躍有名になった兵器だった。ラスカーもビボルグ基地で一度や二度じゃ足らないほど世話になった兵器だった。もちろん使う度に隊全滅の危機に見舞われるのだが。


 ハミルマはほんの一瞬だけ考える素振りを見せて、すぐさま首を横に振った。

「そんな物、ここにはありませんよ。それにあったとしてもそれはウチの管轄じゃない。194大隊の物です。勝手に持って行っていいわけがありませんよ」

 強化機甲戦闘機試験大隊は無理を言ってスペースを貸してもらっている状態、その上に使っていないとはいえ装備をただで貸せ、というのは確かに図々しい。


 ハミルマは急に来て変なことを言いだす上官を放置して作業に戻ろうとする。だがラスカーにも引けない理由がある。この目論見が上手くいけばエルヴィラの利点を十全に活かす事が出来るのだ。

「いや、76mmじゃなくてもいいんだ…、それに近いような物があればと思ったんだが………」

「40mmでもいいでしょうに。それにもともとKs-17には120mm滑腔砲がありますから! それでは作業に戻らせていただきます」


 こうして、昨日と同じようにラスカーはハンガーを追い出されるのだった。



「そういや…どっかのハンガーにあの坊ちゃんの言ってたようなのがあった気がするが………。ま、どうせコッチにゃ渡って来ねえか」

 ハミルマは重い瞼を見開いて、ハンガーに怒号を響かせる。

「ネジ一本、オイル一滴忘れんじゃねぇぞ! テメェのミスで人が死ぬんだからなァ!」

 ハミルマの戦場はこの鉄と油のにおいに満たされたハンガーの内、敵は目に見えない小さな機体の歪みとパイロットとコンピューターのズレだ。整備班は敵に決して負けてはいけない。整備班の怠慢は全て祖国の敗北という結果で自分に帰ってくることをハミルマは知っていた。







 仮想の市街地に二機のメドヴェーチが立つ。だが、ラスカーはまだ動かない。

 ラスカーは現状得ている情報から最も効率的な作戦を考える。

 状況はCPからの情報が途絶え、少ない情報で行動をせざるを得ない。そして陸戦中隊、さらに12機のクレーエで編成されたFoTE部隊が存在している。

 目標は敵機の撃破ではなく、戦闘域からの撤退だ。


 現在ラスカー分隊は市街の中心部にいる。街から脱出するには大通りを通っていくのが最も速く脱出出来るのだが、当然敵もそこに網を仕掛けていた。


 敵は浸透強襲戦術を取っていた。訓練開始時では中央広場に通じる大通りには戦車部隊が存在している。


 大通りから行けば、戦車部隊との戦闘になる。そうすればラスカー分隊の位置が露見してFoTE部隊が即座に向かって来る。戦車部隊の殲滅が容易くとも12機のクレーエに囲まれれば撤退は敵わないだろう。


「行くぞ。少しスピードは落ちるが、なるべく接敵しないようにこの通りを進む」

 ラスカーが示したのはFoTE一機がギリギリの通りだ。この狭さなら大規模な戦車隊には見つからない。

「リフトエンジンは停止させろ。足で移動だ。だが、見つかったら全速力でトンズラする」

 ラスカー分隊移動開始。石畳を鋼鉄の巨人が踏みつける。CPとのリンクが切れたレーダーではかなりの距離まで接近しないと敵機を発見できない。視界の潰された暗闇の中を行くのと等しい状況だ。


 通りはFoTE一機がギリギリだが、肩部装甲が両脇の建造物に触れるということはない。

 車線二本の道を列になって歩く。今の所レーダーには敵影は映っていない。だが、向こうの探知網はこちらと違い格段に精度が違う。下手に騒ぎ立てればすぐさま敵部隊が集結することになる。




 しかし、運良くもラスカー分隊は市街中心部から離れることには成功した。今のところ敵影はなし。逆に疑い深くなる程度に順調だ。それは嵐の前の静けさのような不穏の兆候のようにラスカーには感じられる。


「C区画到達。あと二つだ。気張っていくぞ」

「了解…レーダーに感あり! 一時の方向、この通りを抜けた先です!」

「やっと見つけられたか…。腰部スラスター点火、囲まれる前に振り切る。撃破は考えなくていい」

「了解ッ…」


 機体が地面から足を離す。戦闘機動に切り替えると、ラスカーはフットペダルを踏み込んだ。腰部スラスターから青炎を吐き出し、加速する。


 ラスカーは40mm突撃機銃の安全制御装置セーフティを解除する。

 通りを抜けた先、機体のデュアル・アイ・カメラが敵機の姿を捉え網膜へ投射する。


 待ち伏せをしていたのは機行戦車部隊だった。ドイツ陸軍が大戦初期に投入した機行Ⅰ号戦車ケーファーだ。寸胴のようで、全体的に丸みを帯びた装甲が特徴だ。ヴィフラやオレニョークより旧式の機体であるが、その傾斜装甲はまだ実戦に耐えうる物である。


 だが、メドヴェーチの武装を防げるほど頑強では無い。


「少尉、速度そのまま。振り切るぞ」

 ラスカーは40mm弾を放つ。それはいとも容易くケーファーの装甲を貫いた。


 撃破の成否は確かめるまでもなく、すぐさまレーダーに目をやる。一時の方向にさらにもう二機のケーファーが待機していた。

 ラスカーはブレーキを踏むことなく、引き金を引き続ける。徹甲弾が爆裂し、ケーファーの装甲に亀裂を走らせ、その歪みから爆炎を吹き上がらせる。


 更に、七時の方向にもう一機。ラスカーは振り向くこともせず120mm滑腔砲の銃口を向ける。

 ケーファーはラスカー分隊を追おうとするが、ラスカーの後方を跳ぶエルヴィラに照準を合わせた瞬間に榴弾が装甲ごと機体を吹き飛ばした。


 通りに飛び出た一瞬で四機もの敵機を撃破してしまったラスカーにエルヴィラは言葉を失っていた。

(これが北部戦線の雄…。猟犬の技量………!)

 それは普段は滅多に感情が表に出ないエルヴィラをしてそうまで思わせるほどの超人的な技術。圧倒的な戦闘経験値。何もかもが自分とは違うんだ、とエルヴィラに思わせるには充分過ぎた。


「少尉、速度が落ちている。集中しろ。もう追手が来るのは時間の問題だ。囲まれる前に訓練を終わらせてしまうぞ」

「りょ、了解」

 ラスカーは更に加速させる。肩と建造物が触れ合わないギリギリを飛ぶ。エルヴィラはラスカーについて行くのが精一杯だった。


「次は右折の後左折だ。しっかり付いて来い」

 また通りを抜ける。瞬間に、腰部二基のスラスターを一時停止させ、脚部から加圧空気とバーニアを噴射。減速させて腰部左側のスラスターを噴かせる。それによって機体に右を向かせ、もう片方のスラスターも噴射して次の通りを抜ける。

 同じ手順で左折した。エルヴィラは肩部装甲を建造物にぶつけながらもどうにかラスカーを追いかけようとしていた。


 まるで迷路のような街で、建造物から機体を覗かせればすぐさま敵戦車部隊の砲撃が飛んでくる。匍匐飛行を強いられ続ける状況は訓練とはいえパイロットの精神を着実に削らせる。


「ハァ……ハァ…ハァ」

「少尉、大丈夫か?」

「大、丈夫です…。私、にはお構いなく」

 エルヴィラは吐き気を飲み込む。喉が灼ける嫌な感覚がエルヴィラを掴む。


「そうか。少尉のその意気込みを買おう。終わるまで吐いてくれるなよ」

 そうは言ったがラスカーは少しばかりブレーキをかける。機体と機体同士の距離が縮まった。


(分隊長の足手まといになってる………。駄目だ駄目だ駄目だ)

 エルヴィラに合わせていたらいずれ追いつかれてしまう。そのことを理解していながらラスカーは速度を落とした。エルヴィラは気を使われていると思い込み、操縦桿を握りしめる手に一層力が入ってしまう。


「分隊長ッ、私は…わたしはッまだ飛べますッ!」

 無意識にフットペダルを踏み込んだ。機体のスラスターが更なる青炎を噴き上げた。

「おいッ、接近し過ぎだ! 速度を落とせ!」

 ラスカーは吠える。エルヴィラの機体がすぐ後ろにまで迫っているからだ。このままでは追突してしまう。


 だがエルヴィラの機体は一向に速度を落とす気配はない。

「クソがっ!」

 ラスカーも同様にフットペダルを踏み込んだ。スラスターからより多量の噴射剤が噴射されるが、エルヴィラの機体の速度がラスカーの加速を越えてしまった。

「私は二度とッ、私のせいで誰かが死ぬ目に合うなんてッ…!」

 エルヴィラが叫ぶ。隠されていた激情が浮き彫りにされ、機体はその昂ぶりを反映させてしまう。


 これが最後の通信となった。

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