第20話 古都に響くは予兆の雷鳴Ⅲ

 巡航機動に移行し、二機のメドヴェーチが北アフリカの空を飛行する。

 つかず離れずの乱れぬ編隊を組み、二機の白銀の巨人はアフリカの強い日差しを反射している。


 ラスカーはKsY-17に搭載されたレーダーを頻繁に確認する。既に敵の設置した防空圏に侵入しているのだが、未だに敵の航空機はおろか機銃の一発も撃ち込まれてはいない。

 それはレーダーの網に掛からない低空を飛行しているからなのか、何かの思惑があるからなのか。どちらにせよ、用心するに越したことは無い。


「事前情報によれば航空戦力の存在は確認されているらしいが………。警戒怠るな」

「了解」


 レーダーに感あり。十二時の方向からだ。つまり、真っ直ぐグローム分隊に突っ込んできている。敵戦闘機は四機。小隊規模と断定する。

「言っているそばから、来たな。さて、グローム02。準備は万端か?」

 エルヴィラの機体が長大な砲身を持つTT-57を構える。

「オールグリーン」

 たった一言。それだけで良いのだ。


「あー、あー…、此方イタリア王国陸軍、第10軍所属のフリオ・カポーニ中尉である。アンノウンに告げる。ここは既に我がイタリア王国の防空識別圏である。即刻退去されたし。繰り返す即刻退去されたし」

 自由回線を通じて、グローム分隊に対しての退避の命令がなされる。未だ豆粒ほどの四機の戦闘機のいずれかにフリオ・カポーニ中尉が乗っているのだろう。


「グローム02。安全装置セーフティ解除の後、射撃を許可するまで待機」

「了解」

 TT-57の安全装置を解除させる。言葉で済むのなら戦争など始めから起こりえないものだ。それに今は戦時下だ。己の正当性は火砲の威力を以て証明される。


「聞こえないのかアンノウン! 武装解除しろ! さもなくば撃墜する!」

「照準合わせ、右手前の一機だ」

 ラスカーの指定に合わせてエルヴィラの機体が砲身を向け、姿勢の微調整を行う。

「チッ! 何とか言ったらどうなんだ! 威嚇射撃用意!」

 カポーニ中尉の苛立った怒声が無線を通じて聞こえる。


「悪く思うな。グローム02、射撃を許可する。撃てアゴーニ

「了解」

 TT-57独特の唸るような炸裂音と共に57mm徹甲榴弾が射出される。

 空気を裂き、徹甲榴弾は戦闘機の装甲を貫いた。コックピットを食い破られた敵機はなす術なく四散した。


「チェイシー!? クソ! 散開だ! 散開! 挨拶も出来ねぇ野蛮人を追い出せ!」

 カポーニ中尉の怒号によって敵小隊は散開しようとするが、逃げきれずにもう一機がその翼に大穴を開けられ、黒煙を吐き出して爆発した。

「あれが本国で開発中の強化機甲戦闘機って奴なのか…! カイロ・コントロール! 此方アーペ小隊、アンノウンと接触、開戦した! 増援要請だ! 敵はソビエトのFoTE!繰り返すソビエトのFoTE! 機数は二! すぐに飛ばせるだけ持ってこい!」

 自由回線を切る余裕も無いのかカポーニ中尉はラスカーにも聞こえるように、後方の援軍を要請した。


「あぁ、クソ! スクランブルの時点でおかしいと思ってたんだ! アーペ03! 遅滞防御だ。援軍が到着するまであの人形を前に進ませるな! あぁ? 戦闘機なら人型よりスピードが出る! ヒットアンドアウェイだよ! 航空物理舐めんな! 行くぞ!」

 カポーニ中尉率いる残り半分となってしまったアーペ小隊がミサイルを放った。


「散開する! 落とされるなよ!」

「了解!」


 ラスカーは機体を九時方向に倒してスラスターを盛大に噴射させる。デュアル・アイ・カメラは砂漠を映す。そうするとラスカーは機体を反転、仰向けの状態にさせて、40mm突撃機銃を構える。

「馬鹿正直に追って来てるなミサイルども!」

 ラスカーは自分を追うミサイルに照準を合わせると引き金を引いた。

 空薬莢がバラバラと景気よく落ちていき、硝煙が風に爆風に飛ばされていく。


「戦闘機にこんな芸当は出来まい!」

 地面スレスレの背面飛行をしながらミサイルを撃墜し、ラスカーはスラスターを垂直に立てて噴射する。高度を素早く上げると脚部バーニアによって機体を反転させる。


「な、なんだその機動は!ふざけやがってッ!」

 カポーニ中尉は吼える。最早カポーニ中尉にはそれしか出来ることは無いのだ。

 ラスカーの全身が重力に殴りつけられたかのようだが、脳は痛覚を麻痺させる程のアドレナリンを放出し、全身を包む圧迫感などラスカーを止めるには弱すぎた。


「そら、上を取ったぞ」

 まるで子狐をその射程におさめた狩人のように、メドヴェーチ機体腕部に格納されているチェーンブレードの回転を開始させる。

「クソ! クソ! クソッ! クソがァッ!」

 重装甲の機行戦車すら断ち切るチェーンブレードの刃を、ラスカーは何の躊躇いも無くカポーニ中尉の乗る戦闘機へと押し当てる。

 回転は急激に戦闘機の装甲を削ぎ落とし、中のパイロットの血肉を溢れさせた。


 ラスカーはすぐに機体を反転、エルヴィラの方向を向かせ、救援に向かおうとするが、なんて事は無かったようだ。


 エルヴィラはこの一週間、教え込んだ通りに敵戦闘機の背後を取ってTT-57の引き金を引いている。

「て、敵機撃墜!」

 少し高揚したエルヴィラの撃墜報告が上がる。


「あぁ、こっちも確認した。グローム02、まだ行けるか?」

「残弾数は八割以上。作戦行動に支障はありません」

「よし。すぐに援軍が来るだろう。今度はこっちから仕掛ける。援護は任せた」

「了解」

 短い指令を出して、グローム分隊は更に奥地へと進む。


 今、ラスカーはFoTEと戦闘機の性能の優越をはっきりと確信していた。爆撃機よりも素早く戦闘機よりも継戦能力が高い。なるほどその通りであると。


「グローム分隊進撃だ。全く、狩りでもしている気分になるよ」

 ラスカーはコックピットの中でポツリと呟いた。それは今までに抱いたことのなかったような感情だ。

 どうしようもない程に猟犬は昂っている。




 カイロ要塞の上空で一つ、また一つと命が失われる。それは決して動物的な対等なモノではなく、人為的な蹂躙であった。


 悲しいかなイタリア王国陸軍が採用している戦闘機に搭載された20mm機関砲ではFoTEの装甲を貫通する事は出来なかった。そしてもう一つ運の悪いことにカイロ要塞に対空兵器は存在していないのだ。ドイツの設置した広域防空兵器、ローレライ・システム。ある一定高度以上を飛行する物質を空気振動によって破壊する兵器の存在故に、高射砲の一つも用意されていなかった。


 メドヴェーチのコックピット内、ひっきりなしにミサイルアラートが鳴り響く。

 耳の内側から響くその警告音にウンザリしながらラスカーは120mm滑腔砲を放つ。

 榴弾がミサイルの一つに当たって爆発すると、周囲にあったミサイルも誘爆もしくはご作動を引き起こして地面に落下して爆発した。オマケにミサイルと一緒に突っ込んできた戦闘機も一機撃墜した。


「残りは六機か………」

 カポーニ中尉が要請した通りに全機スクランブルしたとすれば相手の航空戦力は一個飛行隊程度であるとラスカーは考える。今日だけで敵の航空戦力の三分のニを撃破したわけだ。


 もともと、試運転が目的であり、敵戦力の漸減はついでである。

(ここら辺で撤退するか、否か)

 ハード面での優勢は絶対的であるが、何かアクシデントが起こらないというわけじゃない。なまじ優勢故にラスカーは判断に迷う。


「グローム02、残弾数の状況は?」

「二割を切っています」

 敵が追撃してこないとも言い切れない。こちらの装甲を抜ける大口径の砲身を装備出来る機行戦車部隊の対処に残りの弾を使うべき、とラスカーは決断した。


「グローム02、試運転はもう大丈夫だろう。撤退するぞ」

「了解。グローム01、十一時方向に敵機甲部隊」

 思っていた通り、少しばかり遅かった気もするが大口径の地上部隊が現れた。


「残弾全て敵地上部隊にくれてやれ。置き土産の劣化ウランだ」

「了解」

 ラスカーは40mm徹甲弾をばら撒きながら、戦闘機と距離を取る。

 回避する為に距離を取った戦闘機を尻目にラスカーは反転し、スロットルを引き上げる。


 味気ない別れの挨拶を受け取った飛行隊の代わりに、地上部隊は爆裂する劣化ウランのスコールに包まれた。

 土煙が上がり、敵の被害状況が確認出来ないが、構うな、とグローム分隊は撤退を開始する。


 ミサイルが数発撃ち込まれるが、それは120mmの砲弾と共に爆発した。

 口惜しげにグローム分隊を睨む戦闘機部隊に、グローム分隊はメドヴェーチに積んでいるだけのチャフを散布すると、フルスロットルで戦闘空域から離脱した。




 威力偵察から帰還した ラスカーは整備班に今日の戦闘で集積されたデータの回収を命じて、ブラギエフ大佐のいる司令室へと報告の為に訪れていた。


「任務ご苦労だった大尉。管制官からも聞いている。なかなか凄いことになっているようだな」

「ありがとうございます。FoTEと、強化機甲戦闘機試験大隊の存在意義を果たしたまでです」


 そう。戦闘機相手なら敵にすらならないのだ。それを今日、証明出来た。

 ブラギエフ大佐は渋い顔に一層皺を深める。


「報告したまえ」

「はっ、我々はカイロ要塞上空、高度600mで敵一個飛行隊と交戦し撃破六、敵機甲部隊にも損害を与えました。土煙による視界状況の悪化により正確な被害は分かりかねますが、後の作戦行動に何らかの支障が出るものと愚考します。敵戦闘機の撃墜時に、敵の機体が軍事施設らしき建物に直撃し、敵施設にも損害を与えました」

 周囲からはどよめきが起こった。

 この戦果に対してグローム分隊の被害は必要最低限以下だ。一部の装甲が凹んだのと携行火器の弾薬の損耗のみ。一方的に殴り込んで、無傷で帰ってきたのだ。当然の結果と言えるだろう。


「それは素晴らしいな。エリョーメンコ少将殿に感謝の電報を送らねばな」

 ブラギエフ大佐は変わらない表情でそう言った。だが口元が少し緩んでいた。予見したのだろう。北アフリカ戦線の解消を、世界大戦の終焉を。この結果から世界大戦は更なる段階に進めるという確証を得たのだ。


「報告、本当にご苦労だった。任務が終わったらパイロットには休暇を出せと少将殿から仰せつかっている。ゆっくり休み、英気を養うといい」

「はっ、ありがとうございます。それでは失礼致します」


 ラスカーは大佐に敬礼する。すると、大佐や周囲の兵士も返礼した。その敬礼には困難な任務を苦ともせずやり遂げた、理解不能な怪物に対する畏怖が込められていることをラスカーは知らない。




「休みか」

 整備班はこれからデータをまとめた資料を作成しなければならない。その間は機体を動かせないのだ。今頃は書類と整備でハミルマ達は目を回しているだろう。


 エルヴィラには明日が休みであると伝えてあり、エルヴィラは墓参りに行くと言っていた。向き合わなければ、と。


「向き合う、か………」

 ラスカーは士官用の自室で窓を見上げならポツリと呟く。あれから彼女はどうしているだろうか。ロシアから遠く離れたアフリカでそれを知る術はない。ただ、せめて無事でいてくれと、ラスカーは願う。そして、今日殺した何人もの兵士がそう願われていたのかと考えて両手を開く。殺すだけの両手。銃しか握れない手はなにも掴めていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る