第13話 作りに行こうか?

 野外学習が終わってしばらくの落ち着いた頃。

 六月に入ったある時の昼休みの事。


 黒瀬グループは教室で机を囲み始め、談笑の中昼食の支度を進めていく。


 夏目さんは鞄の中からお弁当を取り出して、すぐに教室から出て行った。


 いつも通りの見慣れた光景。


 この時期になると、周囲のクラスメイトも誰もそんな状況を気にしなくなっていた。


 この人間の『慣れ』という習性が、俺は凄く怖いと思う。


 夏目さんも、黒瀬グループも、星野明莉もそうだ。


 あたかもその状況が当たり前であるかのように、次第に本人達も受け入れていく。


 本当にこのままで良いのかという気持ちが、俺の中で湧いてくる。


 かといって、ぼっちの無力で俺に何か出来るのだろうという疑問もある。


 俺も普段通り、パンを買うために購買へと向かった。


 きっとこんな事を考える俺も、慣れに染まってしまう一人の人間なのだろう。


◇◇◇


 パンを買って屋上への階段を登ると、いつもの踊り場で夏目さんが先にお弁当を食べていた。


 先ほどの教室での光景を見た後だからだろうか。


 まだ俺に気付いていない彼女の姿に、どこか哀愁が漂っている様に見える。


「き、今日はどんなお弁当を作ってきたんですか!」


 階段を登りながら、努めて明るく俺は彼女に話しかけた。


「田所君、今日はサンドイッチだよ」


 風呂敷に並べられたサンドイッチは、チーズや色とりどりの野菜が挟まれていて、見た目にも食欲をそそる。


「食べてみる?」

「……っ!」


 彼女の細く美しい指先がサンドイッチの端を優しく摘まむと、そのまま俺の口の中へと運ばれた。


 一口齧ってみる。


 瞬間、シャキシャキとしたレタスの触感とトマトの甘酸っぱい酸味が絡み合い、口の中で広がっていった。


「お、おいしいですね!」


 彼女のお弁当の出来栄えには、毎回本当に感心させられる。


 ただそれ以上に、


「な、夏目さんに料理を作って貰える人は幸せだと思います!」


 彼女が少しでも元気になるように、心を込めて本心を言った。


「……ありがとう」


 少しその瞳が揺れた様に見えたのは気のせいだろうか。


 彼女が居住まいを正すと、その拍子に俺との距離が近付いた。


 鼓動が早くなる。


 夏目さんが、俺が齧ったサンドイッチを手に持つと、小さな唇で挟みこんだ。


 まるでその味を一滴も無駄にしないように、ゆっくりと咀嚼していき、それを飲み込む。


 ほんの少しだけ聞こえる喉の音。


「……んっ、美味しい」


 唇に付いたサンドイッチのバターを、最後は舌先で優しく舐めとった。


 彼女と視線が交わる。


 俺は誤魔化すように、彼女に話しかける。


「な、夏目さんは本当に料理が上手ですよね」

「そんな事ないよ」

「ふ、普段家ではどうしてるんですか? 晩御飯とか」

「お母さんが作ったり、二人で作ったり。私が作ることもあるよ」

「そうなんですね」


 夏目さんは、本当にしっかりしていると思う。


 ここに来て、普段の自分のだらしなさが浮き彫りになった気がした。


 そういえばと、今日は両親が出張で帰ってこない事を思い出す。


 こういった時はいつもお金を貰ってるけど、大抵は不摂生な食事に使ってしまう。


 俺が今日の晩御飯について頭をめぐらせていると、


「田所君は、普段どうしてるの?」

「え?」

「晩御飯」


 夏目さんが聞き返してくる。


「りょ、両親に作ってもらってます」

「そうなんだ。今日は何食べるの?」

「今日は、えっと、……両親が出張でいなくて」

「じゃあ、何食べるの?」

「……カ、カップラーメンとか?」


 夏目さんにどう思われたか俺が気になっていると、彼女が口を開いた。


「じゃあ、今日作りに行こうか?」

「……え?」


 こうして急遽、夏目さんが俺の家に来ることになった。

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