第11話 相合傘

 集合時間になると、水族館のメインホールに一学年全員が集まった。


 各自忘れ物がないか最後に確認し、先生の指示のもと、クラスごとに帰りのバスへと乗り込む。


 バスに揺られながら窓の外を眺めると、外では雨が降り始めていた。

 予報通りだから傘は持って来ているし、問題はない。


 今日は最寄り駅に自転車も置いてきている。


 夕方に学校に到着すると体育館に集まって、先生方と野外学習の振り返りをしたのち解散となった。


 各々の生徒が雨具を準備して帰宅していく中、俺は夏目さんに目が止まった。


 彼女は傘を持っておらず、体育館の入り口で雨宿りしていた。


「な、夏目さん、大丈夫ですか?」


 俺は彼女に近づいて話しかけた。


「田所君、傘、置いてきちゃった」


 どうやら夏目さんは、水族館に傘を忘れてきてしまったらしい。

 

 なので、


「よ、良かったら、これどうぞ」


 そう言って俺は自分の傘を夏目さんに手渡した。


 彼女が小首を傾げる。


「田所君はどうするの?」

「そんなに降ってないんで、ちょっと急げば本降りまでには駅に間に合いますね」


 本当は結構走る必要があるけど、最悪自分が濡れてもあまり気にしたことがない。


「じゃあ、また明日」


 そう言って夏目さんと別れようとした瞬間、彼女が傘を俺にさしてきた。


「え、夏目さん?」

「田所君、駅一緒だよね」

「え、ええ」

「じゃあ、一緒に行こう?」

「……え?」


◇◇◇


 ものの数分で、雨はあっという間に本降りになった。


 激しく叩きつけるように雨粒が降り注ぐ。


 走って帰るのはかなり無理があったらしい。


 俺は夏目さんと一緒に傘をさしながら帰路を歩いていた。


 途中、進行方向の先に水たまりが出来ていたので、車が来て水しぶきが跳ねる前に、俺はさりげなく車道側に立った。


「……」

「な、何ですか?」

「何もないよ」


 さっきから夏目さんが黙って俺を横からじっと見つめてくる。


 彼女を見ると、どうしても目が合ってしまう。


 傘が小さいからだろうか、体が何度も触れ合う。


「……ねえ、どうしたの?」


 星の様に煌めく彼女の瞳と再度目が合った。


 視線を外さないその瞳に、思わず吸い込まれそうになる。


 小さく漏れる吐息。


 勢いのある雨風で少し顔が濡れてしまったのか、頬から滴り落ちる水滴が、魅惑的な唇に触れる。


「……っ! な、何でもないです」


 慌てて俺は目を逸らした。


 こんな感じで時折、彼女との距離感が分からなくなる。


 そんな事を考えていると、


「最近、集めてる漫画があって」


 夏目さんが意外な事を口にした。

 あまり漫画を読むイメージがなかったから。


「ま、漫画ですか?」

「うん。でも書店に行っても売ってないから」


 彼女がどんな漫画を読んでいるのか、ちょっと気になった。


「どこで買えばいいかな?」

「そ、そうですね。ネットショッピングとか電子書籍とかもありますけど。あとはあまりお金が掛からない手段として、漫画喫茶で読んだりするのも一つの手かもです」


 漫画喫茶は、気になる作品を一気に読めるのが魅力だ。

 限られた予算でやりくりする高校生には大変ありがたい場所である。


「私、行った事ない」

「そうなんですね」


 やっぱり普段はそういう事に疎いのだろうか。


「ほら、アレとかですよ」


 歩きながら、ちょうど目の前の通り沿いに漫画喫茶が見えてきたので、指をさして彼女に伝えてみた。


「……」


 静かにお店の外観をじっと見つめる夏目さん。


 中に入った時の彼女が一体どんな反応をするのかと気になっていると、彼女がキュッと俺の制服の袖をつまんで引っ張ってきた。


「田所君、ちょっと、寄ってみてもいい?」


 こうして雨宿りも兼ねて、二人で漫画喫茶に立ち寄ることになった。

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