第12話 二人で漫画喫茶

 店内に入ると、外の喧騒が嘘の様に、静寂で落ち着いた空間が出迎えてくれた。


 心地よい音楽がそっと流れる中、俺は無表情に店内を見渡す夏目さんを連れて、女性スタッフさんがいる受付のカウンターへと向かう。


「いらっしゃいませ。ご利用は初めてですか?」


 実は俺は既にこのお店の会員証を持っているので、今回は夏目さんの会員登録を行う。


「か、彼女は初めてです」

「かしこまりました。では学生証をご提示ください」


 夏目さんがスタッフさんに学生証を見せる。


「ありがとうございます。あちらのタッチパネルから会員登録をお願いします」


 スタッフさんの案内で、二人してタッチパネル端末の前に立つ。


「こ、ここで名前とか連絡先とかを入力して、登録していくんですよ」

「そうなんだ」


 彼女の住所や連絡先といった個人情報を見ないようにしつつ、タッチパネルで一緒に操作を進める。


 五分ほどで登録が終わって待機していると、


「お待たせしました。こちらが会員証になります」


 スタッフさんから夏目さん専用の会員証のカードが渡された。


「……」


 それを無言でじっと見つめている夏目さん。


「田所君、出来たよ」


 そう言いながら、会員証を俺に見せてきた。


 その表情からは一瞬だけど、嬉しさが滲んでいるような気がした。


 初めての事に純粋に興味を持っている彼女を見ていると、なぜか俺まで嬉しくなってつい笑顔になってしまう。


「良かったですね! あ、この先に漫画が沢山置いてあるんですよ?」

「……」

「な、夏目さん?」


 黙って俺を見つめる夏目さん。

 ひょっとして、俺だけ浮かれすぎたのだろうか。


 そんな心配をしていると、彼女は静かに口を開いた。


「ありがとう」


 心なしか、微かに揺れる彼女の瞳が、何かを物語っているような気がした。


◇◇◇


 ここの漫画喫茶は、未成年はカウンター席のみとなっている。


 彼女は初めてなので、ひとまず三十分間の利用だ。


 ちなみにカウンター席の基本料金は三十分間三百円、学生割引で二百四十円である。


 指定された向かい合わせのテーブル席に二人で荷物を置くと、早速本棚へ彼女を案内する。


 所狭しと並べられた本棚は、少年漫画、少女漫画、ホラーやミステリーなど、ジャンルごとにエリアが分けられていた。


「本当に沢山置いてあるんだね」

「そ、そうなんですよ」


 そうして二人で迷路のような通路を歩いていると、


「……っ! な、夏目さん?」


 彼女の体が俺に寄り添うように触れてきた。


 さっきから歩いて止まる度に密着している気がする。


 店内に入ってからもそうだけど、彼女との距離がやけに近く感じる。


「……何?」


 俺の事を上目遣いで見てくる夏目さん。


 甘く絡みつくようなその視線に、思わず吸い込まれそうになる。


 慌てて本棚に視線を戻す。


「そ、そう言えば夏目さんって、何の漫画が読みたかったんですか?」


 俺がそう尋ねると、


「この前、田所君が読んでたやつ」

「……え?」 


 それは、夏目さんと書店で会った時に俺が読んでいた『表情が読めないギャルが気になる』、通称『読め(=嫁)ギャル』だった。


 俺が混乱する中、彼女が本棚から『読めギャル』を見つけると、全六巻まで出ている内の五巻から読み始めた。


 四巻までは買って読んだのだろうか。


 いや、それよりも気になるのは内容である。


 正直『読めギャル』はラブコメディ要素が強い作品だけど、主人公とヒロインとの如何わしいシーンが多いことでも知られている作品なのだ。


 彼女の俺に対する印象が変わらないか不安になる中、彼女が俺の服の袖を軽く摘んだ。


「田所君、一緒に読もう?」

「……え?」


 驚きと戸惑いの混じった声が俺から漏れた。


「ねえ、私に、教えて?」


 どこか誘惑的に、彼女の艶めいた唇からそんな言葉が囁かれ、心が揺れる。


 思考と判断力が奪われる。


「て、テーブル席で読まないんですか?」

「あそこだと、二人で読みにくいから」


 彼女はそう言って、俺に開いた漫画のページを見せてくる。


 彼女の体が近づいて、艶のある髪が俺の頬をくすぐった。


 二人の間に流れる沈黙。


 お互いの息遣いとページの捲れる音だけが聞こえる。


「この女の子可愛いね」

「こ、この子は由衣って言って、ヒロインの親友ポジションの子なんですけど」

「そうなんだ」


 他の事に気を取られて浮ついた事しか言えてない気がするのに、彼女は俺の一言一句をしっかり咀嚼して聞いてくれてる気がした。


 そして、


「よ、読み終わりましたね」

「そうだね」


 俺達は六巻まで読み終わった。


 正直内容なんて一ミリも入ってきてない。


 ふと視線をあげると、彼女が俺をじっと見つめていた。


「ねえ、好き?」

「……え?」

「こういう作品」


 何と答えれば良いのか分からず、俺は言葉に詰まる。


 それでも、


「す、好き、かも、……です」


 彼女のまっすぐな瞳に全て見透かされている様な気がして、俺はそう口にするしかなかった。


「そっか」


 その後、利用時間が十五分過ぎている事に気付いた俺達は、片づけをして店を出た。


 雨も止んでいたので、傘をささずに二人で歩いて駅に着く。


 夏目さんを見送って家に帰った後も、胸の高鳴りが収まらなかった。

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