第21話 再会

 その翌週の登校日。


 夏目さんと過ごした土曜日を振り返りながら学校へと向かい、最寄り駅の改札を抜けた所で、


「あのー、ちょっと良いですか?」


 俺は後ろから声を掛けられた。


 振り返ると、見慣れない他校の制服を着た女子が立っていて、俺は固まってしまった。


 それは、決して俺が人見知りだとか、彼女の容姿が良いとかが理由じゃなかった。


「やっぱりそうだ、田所君だよね! 私の事、覚えてる?」


 俺が知り合いだと分かった途端に、彼女の緊張がほぐれる。


「……えっと」


 失礼ながら、名前が思い出せない。


 俺のその様子で察しがついたのか、


「もお~! 結城 穂乃花(ゆうき ほのか)だよ! 同じクラスだったでしょー?」


 結城穂乃花がふくれっ面を見せた。


「す、すいません」

「謝らなくて良いよ。それにしても久しぶりだね。元気?」

「え、ええ」

「こっちの学校通ってたんだね」


 思うように言葉が出てこない。

 何かが喉の奥で詰まる感じがした。


 そんな中、探るように彼女は言った。


「今もさ、そういうの、好きだったりするの?」


 その発言に、直後俺の体が硬直した。


「ち、違うの〜! 全然変な意味じゃなくて〜!」


 身振り手振りで笑いながら弁明する彼女だけど、俺の耳には入らない。


 確かに、俺は彼女の名前を覚えてはいない。


 でも、その容姿を忘れることはなかった。


 何故なら、結城穂乃花は俺の中学時代の同級生で、俺のアニヲタ趣味を笑っていた一人だったからだ。


 そこから先は、何をどれだけ話したか記憶が定かじゃない。


 ただ理解しているのは、俺達の会話を打ち切ったのは、第三者の存在だった。


「田所君、何してるの?」


 夏目さんだ。


 普段なら最寄駅から学校まで自転車で行くけど、今日は彼女と一緒に登校する約束をしていた。


 結城穂乃花を見ると、夏目さんのあまりに整った容姿に圧倒されているのか、ポカンと口を開いて立ち尽くしている。


「……じ、じゃあ、もう、行くので」


 俺は結城穂乃果に一言そう言うと、夏目さんと一緒にその場を後にした。


◇◇◇


「田所君、大丈夫?」

「……え?」


 夏目さんと一緒に登校していると、彼女がそう尋ねてきた。


「顔色、悪いから」


 動揺が顔に出てしまっていたらしい。


「だ、大丈夫ですよ! 全然」


 明るく俺がそう答えると、何故か夏目さんが「止まって」と言ってきた。


 俺は言われるがまま動きを止める。


 瞬間、彼女の手のひらが俺の額にそっと触れた。


 柔らかな感触とともに、包み込むような温もりが、じんわりと肌にしみこんでくる。


「……」

「な、夏目さん?」


 周囲に他の生徒がいないか気になる中、夏目さんが今度は俺の頭に両手をそっと添えてきた。


「ねえ、もっと顔、近づけて」

「え?」

「足りない、……もっと」

「……っ!」


 動揺しながらも顔を近づけると、夏目さんはそのまま俺の額に自分の額をぴったりと重ねてきた。


 彼女の香りが鼻をくすぐり、ふわりとした髪が俺の頬を撫でる。


 その柔らかい鼻先が何度も俺の肌に擦れる度に、鼓動が早くなる。


「ねえ、駄目、……動かないで」


 囁くようにそう呟く夏目さん。


 彼女の唇から温かな吐息が漏れ、俺はその温もりを感じ取った。


 彼女は決して瞬きせずに、俺から視線も逸らそうとしなかった。


「熱は、なさそう」

「……あ、ありがとうございます」


 そうして二人で再び歩き出す。


 胸の高鳴りが収まらない中、夏目さんが尋ねてきた。


「さっきの人、誰だったの?」


 夏目さんがじっと俺を見つめている。


 ほんの僅かに不安げな表情にも見えた。


「え、えっと、中学校の同級生、ですね」

「……そっか」


 そういうと、夏目さんはゆっくりと俺に身を寄せてきた。


 これまで以上に強く、彼女の体が俺に触れているのを感じた。

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