第22話 部屋に行っても良い?

 それからの数日間はずっと頭の中がぼんやりとしていた。


 授業中に忘れ物をしたり、先生の言葉が耳に入らなかったり。


 目の前の事が凄く疎かになっているのが分かるけど、何とかしようと意識すればするほど、逆に焦りが募って更に空回る状態になっていた。


 そんな最中の昼休み。


 夏目さんと一緒に昼食を取ろうとすると、


「田所君、これ」

「……え?」


 夏目さんが弁当の包みを開くと、中からラップに包まれたおにぎりが四つと、大きめのお弁当が顔を覗かせた。


 一人で食べるには少し多すぎるボリュームだ。


「良かったら、一緒に食べよ?」


 彼女が蓋を開くと、唐揚げや卵焼き、彩り豊かなトマトやブロッコリー、小さなカップに入ったポテトサラダなどが並んでいた。

 

「……あ、ありがとう、ございます」


 動揺したけど、余計な遠慮はやめようと思った。


 多分、俺のために作ってくれたから。


「凄く、嬉しいです。い、いただきます」


 まずはラップを外して、梅おにぎりから口に運ぶ。

 梅の酸味が口いっぱいに広がった後、ふっくらと炊かれた米の甘さが優しく広がった。


 少し震える手で端を持って、今度は唐揚げを摘まんで口に入れた。

 噛むたびにジューシーな肉汁が溢れて、甘辛いタレが口の中で絡み合っていく。


「どう? 美味しい?」


 ほんの少し首を傾けて、俺の顔色を伺う夏目さん。


「……美味しいです」

「元気、出た?」


 その彼女の言葉に、俺は胸が締め付けられるほど痛くなった。


 そして、


「……駄目だよ、優しすぎるよ、夏目さん」

「……え?」


 俺は少し涙声で、嗚咽も混じったかもしれない声でそう言った。


 夏目さんだってきっと今、辛い状況にあるはずなのに。


 俺なんて、ここ数日自分の事で頭がいっぱいで、夏目さんに気を掛ける余裕すらなかったのに。


「駄目だよ。俺なんかより、もっと自分を、大切にしないと」

「……これ」


 夏目さんが俺に寄り添ってハンカチでそっと顔を拭ってくれた。


 その優しさに心が打たれて、逆に涙が溢れてきた。


 彼女は俺が落ち着くまで黙ってそばにいてくれた。


◇◇◇


「何があったのか、聞いても良い?」


 俺が落ち着いた頃、夏目さんがそう問いかけてきた。


 俺は逡巡する。

 彼女に負担を掛けたくないから。


 それでも、ここまで心配してくれた彼女には、もう迷惑が掛かっている。


 誤魔化すのは不誠実だと思った。


 俺は中学校時代のトラウマを彼女に話した。


 当時仲の良かった友達にオタク趣味を布教しようとしたら、クラスメイトに目をつけられたこと。

 それ以降嘲笑の的になったこと。


 以来他人が怖くなって、人を避けてたこと。


 何度も、これは言って良いのだろうかと言葉に詰まって、それでも夏目さんは、ただ黙って俺の話をじっと聞いてくれていた。


 俺は自分の過去を話しながら、過度に彼女の反応を伺っている自分自身に気付いた。


 そう、俺は過去のトラウマを恐れているんじゃない。


 本当に恐れていたのは、ありのままの俺を知られてしまったら、夏目さんが引いてしまうんじゃないかという事だった。


 結城穂乃果と再会した時、俺は自分自身が、一般受けしないアニメも嬉々として見るような、他人から避けられる人間である現実を再認識していた。


 一通り話し終えると、彼女は一言呟いた。


「話してくれて、ありがとう」

「……ち、違います。聞いてもらったのは、俺の方で」


 そして、


「今日、田所君家って確か、両親いなかったよね」

「え? ええ」

「じゃあ、今日ご飯作りに行く時、田所君の部屋に行っても良い?」

「……え?」

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