第23話 私は好きだから

 こうして、再び俺の家にご飯を作りに来てくれた夏目さん。


 彼女はスーパーで買った食材を使って、蒸し鶏と新玉ねぎのサラダとナスとピーマンの味噌炒めを作ってくれた。


「い、いただきます」

「どうぞ」


 申し訳なさを感じつつ、感謝の気持ちでサラダを口に運ぶ。


 鶏肉の柔らかい食感と、新玉ねぎのシャキシャキ感が、さっぱりしたポン酢の風味と絶妙に絡み合い、食欲を加速させる。


 次はナスとピーマンの味噌炒めだ。


 口に入れると、茄子のとろける様な舌触りが口の中に広がって、噛むたびに味噌の甘辛いコクが滲み出た。

 ピーマンのシャキシャキした歯ごたえが良いアクセントになっている。


「……どう?」


 控えめに首を傾けながら、俺の反応を伺う夏目さん。


「め、滅茶苦茶美味しいです。俺の大好きな味です」

「……そう、良かった」


 夏目さんの表情が少し和らいでいるように見えた。


 二人で食器を片付けてホッと一息ついた後、俺は意を決して彼女を自分の部屋へと招き入れた。


 本当の所、この瞬間になる事をずっと不安に感じていた。


 漫画がぎっしり並んだ本棚と、パソコンが置かれたシンプルな勉強机。


 少し乱れたベッドと、部屋の隅にはテレビとハードゲーム機が静かに置かれている。


「な、夏目さん、座ります?」

「……ここ座って良い?」


 どこに座ってもらおうかと考えていると、彼女は俺のベッドにゆっくりと腰掛けた。


 白い肌が布団に触れる。


 彼女が居住まいを直そうと体を動かすと、ベッドが僅かにギシっと音を立てた。


「ねえ、……見せて?」


 上目づかいで見つめてくる夏目さんに、心の準備が出来ないまま頷いてしまう。


 俺はテレビのリモコンを手に取り、動画配信サービスを起動した。


 お気に入りリストからエピソードを選んで再生ボタンを押すと、画面に映像が映し出された。


 『桜庭ユリの奇想』というアニメだ。 


 天真爛漫で常識はずれな女子高生、桜庭ユリが中心となって、時間を舞台にした冒険を繰り広げるSF感満載のラブコメ作品である。


 主人公の冷静で皮肉交じりのモノローグや、作中に張り巡らされた伏線をラストで見事に回収するシナリオも魅力的だ。


 あと作画が凄く良い。

 時折挟まれる際どいシーンも含めて、俺はこの作品がたまらなく好きだった。

 

 そして中学時代、クラスメイトに引かれてしまったきっかけとなった作品でもあった。


 俺が自分の勉強机の椅子に座って観ようとすると、


「ねえ、一緒に観よ?」


 隣の空いたスペースをそっと手で撫でながら、瞳を潤ませた夏目さんが小声で囁いた。


「私に、田所君のこと、……もっと教えて」


 その声に促されるように、俺は彼女の隣に座り、アニメを一緒に視聴する。


 元気で明るいテンポのオープニングが流れる中、彼女がどんな反応をするのか気になっていると、


「……っ!」


 夏目さんが俺に寄り添ってきた。


 頭を俺の肩に軽く乗せてきた。


 顔を向けると、驚くほど至近距離に彼女の整った容姿があった。


 彼女の吐息が、俺の唇に触れる。


「凄く、……楽しみ」


 胸の高鳴りを押さえながら、アニメの視聴を続ける。


 視聴中、夏目さんが疑問を口にした。


「このヒロインの子、……凄く可愛い」


 桜庭ユリを観て、若干夏目さんの視線が釘付けになっている気がする。


 ふわもこの時もそうだけど、彼女は可愛いものに目がない。


「か、可愛いですよね。で、でも凄い能力が、じゃなかった」

「……どうしたの?」

「い、いや、ネタばれになると思って」

「じゃあ、楽しみにしておく」


 途中主人公とヒロインのきわどいシーンが挟まれながらも、主人公とヒロインの恋愛模様や、ちりばめられた伏線が巧妙に回収されていくシーンについて、二人で静かに会話を続けた。


 そうして夏目さんの帰宅時間を気にしつつ、作品の魅力が分かる話数まで全て見終わることが出来た。


「私は別に、変だと思わないよ」


 彼女が俺を見つめる。


「……え?」

「凄く面白かったし、別にどんな趣味でも、田所君の魅力は変わらないと思う」

「……」

「人のために、一生懸命になれる田所君が、……私は好きだから」


 動揺している俺の肩に再び彼女が寄り添ってくる。

 少しその頬に赤みが差している様にも見えた。


 静かに手が重なり合う。


「ねえ、続き、……観たい」

「……え、で、でも、時間が」

「あと、……少しだけだから」


 そうして心に満たされるモノを感じつつ、二人でアニメを視聴し続けた結果、


 夏目さんが家に泊まることになった。

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