第20話 頼って良いから

「田所君じゃないか! こんな所で一体何してんのさ!?」


 快活な様子で俺に声を掛けてくる星野明莉。


「ふわもこの店だよ!? ここ!」

「……え?」


 彼女の言葉でふと我に返る。


 確かに俺がこの空間にいるのは場違いかも知れない。


 夏目さんと一緒に来たことを話せば、すんなり納得はしてもらえるだろうけど、今彼女の存在を星野さんに口にするのは、正直躊躇われた。


 彼女達の仲違いは俺の思い違いかもしれない。それなら良い。


 でも、もし


 夏目さんがもうすぐこの場に戻ってくると思うと、心がざわついた。


 どうすれば良いか、俺が判断に迷って固まっていると、星野明莉が口を開いた。


「もしかして、田所君ってふわもこ好きなの!?」

「……え?」


 目を輝かせ、まるで自分の仲間を見つけたかのように彼女は喜ぶ。


「そ、そうですね。さ、最近興味が出てきて」


 咄嗟に便乗してしまう。

 嘘は言っていないのだけれど。


「そうなんだねー! あ、このキャラクターとか知ってる!?」


 彼女は納得すると、キャラクターやグッズをいくつか手に取り、俺に紹介してくれた。


 そして、


「あ、ミルフィのシャーペンあるじゃん! 田所君知ってる!? これ今凄い人気でどこのお店にも売ってないんだよ!?」

「……そ、そうなんですね」

「これ滅茶苦茶欲しかったんだよねー!」


 宝物を見つけたように喜ぶ星野明莉。


 しかし、


「でもまあ、……また今度買えばいっかな?」


 彼女はそれを商品棚に戻すと、ハッと俺を見てきた。


「あ! ひょっとして誰かと一緒だった!?」

「……えっと、ま、まあ」

「ごめんよー! 私もそろそろ行くから! 友達と待ち合わせしててさ! んじゃねー!」


 そう言って星野明莉は俺に手を振ると、嵐の様に立ち去って行った。


◇◇◇


 星野明莉と別れた後、運よく夏目さんとすれ違いに合流することが出来た。


 時間もそろそろ丁度良さそうなので、二人並んで帰り始める中、


『大切な人にあげようと思って』

『これ超欲しかったんだよねー!』


 ミルフィのシャーペンを選んで購入した夏目さんと、それを欲しがっていた星野明莉の姿が脳裏を過る。


 もし、夏目さんが星野明莉に渡そうと思って、まだ渡せてないとしたら、一体俺に何が出来るだろう。


 二人の状況は、まだはっきりと分からない。


 グッズを抱きしめながら、どこか楽しそうに見える夏目さんを見て、今日だけはその事を聞くのも無粋だと思った。


 だから、


「……な、夏目さん」

「何?」

「こ、これからも夏目さんの事、沢山教えてくれると嬉しいです」

「……え?」


 せめて今の俺の気持ちだけは、彼女に伝えておこうと思った。


 夏目さんが少し目を見開いて、俺を見つめてくる。


「何が好きで何が嫌いなのかとか。あ、あればですけど、悩み事とか困りごととかもそうですし。今日みたいに一緒に遊びたいでも良いし」


 俺の言葉に彼女は首を傾げる。


「……何でも良いの?」

「何でも良いです」


 何でも良いから彼女の力になりたかった。


 彼女が不幸な目にあって欲しくもなかった。


 俺がそう言うと、


「……じゃあ」


 夏目さんがふいに手を伸ばして、俺に軽く体を寄せてきた。


 その瞬間、歩き続けていた俺達の足が止まる。


 驚いている間に、彼女は耳元に唇を近づけ、甘く囁くように言った。


「もう少しだけ、一緒にいよ?」

「……え?」


 夏目さんの表情はどこか艶めかしく、その目元は濡れているように見えた。


 お互いの吐息が絡み合う距離、彼女の深い瞳と視線が交わる。


 視線を外すことが出来ずに見つめ合った。


「田所君も、無理しないで」

「……え?」

「私にも、頼って良いから」


 そんな彼女の言葉に満たされるものを感じながら、その場で二人きりの静かな休日を過ごした。

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