第19話 夏目さんの好きな事

 映画を観終わって、感動的なラストシーンの余韻が心に残る中、俺達はカフェへと入った。


 軽食と飲み物を注文して、二人して向かい合って座る。


 上映中は夏目さんの表情があまり変わらなかったので、退屈してないか心配だったけど。


「な、夏目さん、映画どうでした?」

「凄く面白かった」


 カフェオレをストローで吸いながら、夏目さんはそう答えた。


 肩の力が抜ける。


「お、面白かったですよね? 俺も凄く感動しました。主人公が過去に戻ってヒロインを救おうとするのも熱かったし」

「そうだね。入れ替わってる三人の時代が違うのも、驚いた」


 彼女と会話が弾むたびに、嬉しさで心が満たされる。


 これまでの夏目さんとのやり取りから、彼女は感情が表に出にくいだけで、本当は凄く繊細な人じゃないかと感じていた。


 ふとした瞬間にわずかに見せる表情の変化とか、相手への気遣いとか。


 今回の映画でも、そんな彼女だからこそ感じ取れる部分がきっとあったと思う。

 それで楽しんで貰えたなら、喜ばしい事だと思った。


 そう感じるのは、いまだに彼女が黒瀬グループや星野明莉との溝があって、孤立している様に見えるからだろうか。


 そんな事を考えていると、夏目さんが声をかけてきた。


「この後、どうしよっか」


 時計を見ると、時刻は午後二時半を回っていた。


 もし彼女が俺を誘ってくれた理由の一つに、孤立した寂しさがあるのなら、どこまで力になれるか分からないけど、何とかしたいと思った。


 ただ、今日だけは、そのことすらも忘れさせたいと思ったから。


 俺は前のめりになって、笑顔で口を開いた。


「な、夏目さんの好きな所に行きましょう!」

「え?」

「今度は俺に、夏目さんの事を教えてください」

「……私のこと?」

「そ、そうです。教えてもらえたら、その、凄く、……嬉しいです」


 彼女の乏しい反応に段々自信がなくなって、俺の声が尻すぼみに小さくなっていく。


 そんな中、夏目さんの瞼がほんの少しだけ上がって、微かに驚いた様に見えた。


 そして、


「……じゃあ__」


◇◇◇


 そうして彼女とやってきたのは、ふわもこのグッズショップだ。


 前回とは場所が違う。

 カフェと同じデパート内にあるテナント店だ。


 店内に入ると、可愛らしいグッズ達がまるでおとぎ話から出てきたように並んでいる。


 前は閉店間際で慌ただしかったから、今回は落ち着いて見れるのが良い。


 夏目さんと店内をゆっくり見て回る。


「田所君、見て」


 彼女がミルフィの大きなぬいぐるみを抱き寄せて見せてきた。


「ぬいぐるみが好きなんですか?」

「……うん」


 無表情だけど、これだけは恐る恐るといった様子だと分かった。


 初めて俺がヲタク趣味を夏目さんに見られた時と似ていたから。


「か、可愛いですね」


 心からそう思った。

 純粋な彼女らしい趣味だとも思った。


「……うん」


 そこからは、彼女は少し恥ずかしそうに、でもどこか楽しそうにグッズを漁る。


 夏目さんが俺に体を寄せてきた。

 その手にはキーホルダーが握られている。


「まるぷり、知ってる?」

「い、いえ」


 丸いプリンの様な癒しのフォルムとのんびりな性格が人気のキャラクターで、最近登場したらしい。


「好きなんですか?」

「……好き」

「そうなんですね」


 心が温かくなるのを感じていると、彼女が潤んだ上目遣いで俺を見上げてきた。


「アニメがあるから」

「……え?」

「今度、一緒に」


 何処か期待を込めたその瞳が俺を見据える。


「う、嬉しいです。ぜひ」

「……うん」


 しばらくそんなやり取りをしていると、


「スマホ、忘れたかも」


 夏目さんがぽつりと言った。


 どうやら先ほどのカフェの店に置き忘れたらしい。


 俺が取りに行こうとすると、


「大丈夫、待ってて」


 そう言って夏目さんはお店にスマホを取りに行った。


 一人で店内を物色していると、


「おや、あれあれ!? もしかしてじゃないかい!?」

「……え?」


 陽気な声に振り向くと、そこには星野明莉が立っていた。

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