第18話 二人の休日
その翌日の土曜日。
俺は都会寄りの駅へと電車で向かう。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面を見ると、夏目さんからのメッセージ通知が表示されていた。
【(夏目)あと何分くらいで着く?】
俺は彼女に返信する。
【(田所)十分くらいですね。夏目さんはどうですか?】
【(夏目)私も】
他愛もないやり取りのはずなのに、胸が高鳴る。
いつも顔合わせしているはずなのに、この日は何故か会う事を想像すると、胸がざわついた。
◇◇◇
目的地の駅に到着して、待ち合わせ場所の時計台へと歩き出す。
土曜日で人混みも多く、流されるように歩いた結果、彼女はいた。
私服姿の夏目さんである。
デニムジャケットにフード付きのパーカーを合わせ、ショートパンツにシンプルなスニーカーを履いている。
ラフでカジュアルながら、夏目さんらしい自然な魅力を放っていた。
周囲の視線は彼女に一斉に集まっている。
「誰だろう? モデルか芸能人とか?」
「滅茶苦茶可愛くない? 顔も小さいし、スタイル良いよね?」
そんな声が俺の耳にも届いてくる。
そんな最中、夏目さんと目が合った。
彼女は表情を変えず、ただ俺だけを見つめて近付いてきた。
「おはよう、田所君」
「お、おはようございます。夏目さん」
周囲の視線が痛い。
でもそれ以上に、彼女が目の前に来たことで、より私服姿が似合ってるなと思った。
「どうしたの?」
「い、いや、似合ってるなって、……思って」
「……」
俺がそう言うと、ふいに彼女の体がそっと俺に触れてきた。
混乱する中、彼女は小さく呟く。
「……ありがとう」
視線を下に向けた彼女の瞳は、ほんの少しだけ揺れている様に見えた。
◇◇◇
駅から三十分ほど歩いた所で、目的地である映画館に到着した。
観るのは、『三つ巴』と言う劇場で大ヒットしているアニメ映画だ。
最近CMでよく流れて来るけど、登場人物三人の体が入れ替わる設定以外、ストーリーの詳細は何も分からない。
それでも、美しい映像や心を揺さぶる音楽が魅力的で、何が起きるのか気になって仕方がない。
二人で映画館のカウンター前に立つと、シェア用の大きいポップコーンとドリンク、夏目さんはそれに加えてチョコ味のチュロスを注文した。
二人でシアターへと向かい、予約していた席に並んで腰かける。
上映時間になってシアター内が暗くなると、彼女が肩を寄せてきた。
驚いて夏目さんを見るも、彼女の視線はスクリーンに向いている。
彼女は甘い香りを堪能する様にチュロスをそっと唇に運ぶと、
「……ん」
先端に軽く触れるように口に含んだ。
唇についた砂糖を綺麗に舐め取りながら、それをゆっくりと舌先で味わう。
湿った唇、柔らかく噛み締める仕草がどこか色っぽい。
ふいに彼女と目が合った。
スクリーンの光が反射した彼女の瞳は、美しく輝いていた。
「……チ、チュロス、どうですか?」
誤魔化すように俺がそう尋ねると、
「好き、……食べてみる?」
彼女は齧ったチュロスの端を差し出してきた。
「……っ! ……じ、じゃあ」
俺はそれを口に含んだ。
外はカリッと香ばしく、中はふんわりとモチモチの食感。
シュガーの甘みとココアパウダーのほろ苦さが口いっぱいに広がった。
「……お、おいしいですね」
「うん」
再び俺が齧ったチュロスの端を夏目さんが口にする。
抵抗なく食べる彼女の姿を見ていたら、彼女と目が合った。
そして、
「……ねえ、食べる?」
「……え?」
俺がもっと食べたいと勘違いしたのか、夏目さんは再びチュロスを差し出してきた。
「良いよ、食べて」
囁くように、甘く誘うその言葉が耳に届く。
恐る恐る、俺は再度チュロスを口に入れる。
そして意識しないように、大迫力のスクリーンに視線を戻した。
心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、
「……はい」
「……」
彼女と何度も交互にそれを味わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます