第42話 クッキー作り 2
だけど、そこからのクッキー作りは失敗の連続だった。
最初は順調に見えたけど、一度は成功した味が分量の間違いで大幅に変わってしまったり、再度クッキーを焦がしてしまったり。
夏目さんも出来ない焦りがあるのか、次第に作業のミスが増えてくる。
俺は彼女に提案した。
「な、夏目さん。一旦休みませんか?」
「……え?」
「大分頑張ってたし」
時計を見ると、作業を始めてから二時間が経っていた。
「……うん」
まだ取り組みたい気持ちが見え隠れしながらも、彼女自身思う所があったのか、俺の言葉に頷いてくれた。
リビングのテレビの前のソファ席に俺達は離れて座って休憩する。
静寂が広がる中、何かを考え込むようにして座る夏目さんの横顔を見て、俺はそっと彼女に声を掛けた。
「何か、あったんですか?」
「……え?」
根拠はないけど、どこか既視感があった。
作業をしていた時の彼女の表情が、星野さんについて思い詰めていた時の表情と、重なって見えていた。
俺の勘違いで、何もないのならそれが一番良い。
でも、もしそうでないのなら__、
「夏目さんには、一人で抱え込んで欲しくなくて」
「……」
「辛い事があったり、悲しい事があったら言って欲しいです」
喉が詰まりそうになりながらも、勇気を振り絞って、言葉を紡ぐ。
「夏目さんは、……た、大切な人、だから」
俺が最後にそう言うと、夏目さんは目を僅かに見開いた後、そっと視線を落とした。
「隣に……行っても良い?」
か細い声で、彼女がそう呟く。
俺が頷くと、夏目さんが立ち上がり、そっと俺の隣に腰掛けた。
「怖くて」
そう一言、彼女は口にした。
「怖い?」
「明莉に、何て言われるのか。本当に上手く仲直りできるのか、そのことばっかり頭に浮かんできて」
「そ、そうだったんですね」
ひょっとしたら彼女は、無意識下で、クッキーを完成させることを避けているのかも知れないと思った。
作ってしまったら、もう後には引き返せないから。
俺から彼女に伝えられることは、決まっていた。
「な、夏目さんから見た星野さんは、仲直りしたい気持ちを拒む人なんですか?」
「……ううん」
「夏目さんに、意図して酷い言葉を投げかけたり、する人なんですか?」
「……違う」
その彼女の答えに、俺は返事をする。
「俺もそう思います」
「……え?」
星野さんは、ずっと夏目さんの事を気に掛けていた。
夏目さんを傷つける事を恐れているだけで、本当は、寄りを戻したいはずなのだ。
「夏目さんが大切に想っている人の事を、そして何より夏目さん自身を、もっと信じてみても良いと思います」
「……」
「もし駄目だったら、またその時は二人で考えましょう」
そう言って笑顔で俺が締めくくると、夏目さんが瞳を潤ませながら、小さく頷いた。
「……ありがとう」
その表情からは、先ほどまでの不安は消えていた。
そうしてクッキー作りを再開する中で、ついに、
「……出来た」
夏目さんのクッキーが、完成を迎えた。
改めてその仕上がりをじっくりと眺める。
丸や星形に焼き上げられたクッキーには、小さな可愛いらしい顔のデザインが施されていて、とても夏目さんらしさを感じさせた。
何より、
「す、凄く美味しいです」
「うん」
これまでのも十分においしかったけれど、最後に作ったクッキーは、そのどれよりも格別に美味しかった。
夏目さん自身もそれを口に含み、満足した様子を見せている。
「や、やりましたね!」
俺が笑顔でそう言うと、夏目さんは目を伏せてゆっくりと俺に歩み寄る。
至近距離で立ち止まった彼女からは、柔らかい香りが漂い、温かい吐息が胸元に伝わってきた。
「ありがとう」
「……え?」
顔を上げた彼女の瞳は濡れていた。
「田所君が、そばにいてくれたから」
「……な、夏目さんが、頑張ったからですよ」
「それだけじゃないよ」
彼女が顔を近づけてくる。
視線と吐息が強く絡みつき、胸が締め付けられる。
あとわずかで唇が触れそうな距離で、夏目さんが囁くように呟いた。
「ねえ、今の事が終わったら、話したいことがあるの」
潤んだ瞳は甘く、それでも強い意志が込められている様に見えた。
「お、俺もです」
「うん」
あと少しで触れそうなほど近い距離で、二人の鼓動だけが響いていた。
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