第43話 仲直り

 その翌日の学校の放課後。


 俺は普段足を踏み入れない屋上に一人で来ていた。

 辺りには人影はない。


 夏目さんはこれから、星野さんに仲直りの気持ちを伝えに行く。


 どこで話をするのか分からないけれど、極力二人の邪魔にならないように努めようと思った。


 上手くいって欲しいと緊張しつつ、柵からグラウンドにいる野球部の練習風景を眺める。

 すると、ギイっと屋上のドアが開けられて二人の生徒が入ってきた。


「ここならさ、遠慮なく話が出来そうだね」

「……うん」


 その姿を見て俺は固まった。

 俺のよく見知った二人だったから。


「あれ? 田所君?」


 夏目さんと星野さんがそこにいた。


「……ど、どうも」


 ぎこちなく挨拶しつつ、夏目さんと目が合う。

 俺は彼女に、屋上に行く事を伝えてはいなかった。


 どうやら彼女達は、今からここで大事な話をするようだ。


「じ、じゃあ、俺はこれで」


 そう言って、屋上を後にしようとした俺を、


「待って、田所君」

「……え?」


 星野さんが呼び止めた。

 その表情は、いつになく真剣なものだった。


「気を使ってくれたんだよね。ただ、もし田所君も気になるならだけど、ここにいても良いと思うんだ」

「……明莉?」


 彼女の言葉に、少し戸惑った様子を見せる夏目さん。


「田所君も聞く権利があると思う。私達が巻き込んじゃったんだし」

「……」


 そう話す星野さんは、夏目さんから受け取ったクッキーの袋を見つめていた。


 正直、二人の行く末を近くで見守りたい気持ちはある。


 ただ、夏目さんの気持ちを無視するわけには行かないと思った。 


「無理しないで」


 視線が合った夏目さんが静かにそう呟いた。

 その表情には一人でいる事への不安が滲んでいながらも、これ以上俺に迷惑を掛けたくない気持ちが伝わってきた。


「ごめんなさい、夏目さん」

「……え?」


 彼女が俺に罪悪感を感じてしまうかも知れない。

 自分勝手かも知れない。


 それでも__、

 

「ここに残っても良いですか?」


 そばにいたいと思った。


◇◇◇


 居合わせるといっても、俺がこの場で出来る事なんて何もない。


 ただ二人の行く末を固唾をのんで見守るだけだ。


 改めて場が静寂に包まれる中、先に口を開いたのは、


「……ごめんね、なっつん」


 星野さんだった。


「本当は、私からもっと早く謝らないといけなかったのに。こんな形で、またなっつんに気を使わせちゃったんだね」


 手に盛ったクッキーを見つめながら、星野さんが悲しそうに呟く。


 彼女にとってそのクッキーの出来栄えは、夏目さんへの罪悪感として働いてしまったようだった。


 その様子を見た夏目さんも、痛みを分かち合う表情で星野さんに弁明する。


「明莉はちゃんと謝ってくれたし、そもそも明莉が謝る事なんて、何もないよ。悪いのは私で」

「違うよ、なっつん」

「……え?」

「私、なっつんに酷い事を言った時、本当は腹いせに八つ当たりしてただけなの。嫉妬だってしてた。黒瀬君からの好意が羨ましいって」


 星野さんの語気が徐々に強くなっていく。


「その場しのぎで謝ったけど、本当はなっつんがどれだけ傷ついたかなんて、分かってなかったの」

「……」

「なっつんの立場からしたらどうしようもないのにさ。それでいて、今日まで謝りに行かなかったんだよ? 酷い奴じゃん」


 下を向いた星野さんの表情は、前髪の陰に隠れて読み取ることが出来ない。

 それでも、普段の彼女とはかけ離れた、上ずった声が俺達の耳に届いてきた。


 俺は前に星野さんから聞いた事を夏目さんに伝えようとした。

 でもその前に、俺と視線が合った彼女が静かに口を開いた。


「また私を、……傷つけたくなかったからでしょ?」

「……え?」


 その言葉に星野さんが顔をあげる。


「明莉の考えそうなことだから。分かるよ」

「……」

「親友だから」


 彼女の目尻には、うっすらと涙が滲んでいた。


 夏目さんが言葉を続ける。


「だからこそだよ」

「……え?」

「そこまで含めて、私は明莉の全部が大好きだったから。そこまで理解してる明莉を追い詰めちゃった自分が、許せなかったの」


 伏し目がちにそう呟く夏目さん。


 その瞬間、星野さんが一歩踏み出して、彼女を抱きしめた。


「違う、違うよなっつん! おかしいよ! 全部全部背負いこみすぎだよ!」

「……え?」

「私が悪い所は私が直すべきなんだよ!? それって当たり前の事じゃん!」

「……明莉」

「……そっか、簡単な話だったんだよ。ただ自分の悪い部分と向き合って、改善する努力をすれば良いだけだったのに。私は、変わる自信がなかったから、自分が傷つくのが怖かったから。なっつんを遠ざけたんだね」


 星野さんの瞳は、涙で濡れていた。


「ごめんね、なっつん」


 夏目さんに回す腕に力がこもる。

 その温もりに応えるように夏目さんもそっと彼女を抱きしめた。


 再び屋上に静寂が訪れる。


 この場で出来る事はもう何もないと思った俺は、静かに屋上を後にする。

 後は二人だけの時間だから。


 お互いに気持ちを吐き出し合えたのは、凄く良かったと思う。

 それに、二人が仲直りも出来て良かった。


 そのはずなのだ。


 この場で新たに沸いてしまった違和感から必死に目を背けつつ、俺はそう思った。

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