第38話 星野明莉 1

 それ以降も、何度も挑戦しようとしては失敗する夏目さんを俺は見守り続ける。


 どうしても星野さんに話しかけようとすると、体が固まってしまう様子だった。


 彼女を励ます中で、もっと俺に出来る事はないかと考える。

 

 最初は、一人で乗り越えようとする彼女の意思を尊重するべきなのか、余計なお節介でも俺からも動くべきなのか迷っていたけれど。


 辛そうな彼女をそばで見続けて、早く解決してあげたいと、強く思ってしまった。


 その衝動に体は突き動かされて、


「あ、あの、す、すいません」

「ん?」


 自分でも一体何をしているのだろうか。


 気付けば俺は、教室の後ろで談笑している黒瀬グループに割り込んで、星野さんに話しかけていた。


 今この教室に夏目さんの姿はない。


「田所君? どうしたの?」


 きょとんとする星野さんのその言葉を皮切りに、周りのグループメンバーも視線も俺に集まる。


 緊張で体が硬直して足が震える。

 やっぱり集団の中に割って入るのは苦手だ。


「ち、ちょっと、話があって」


 頭が働かない中、俺は途切れ途切れに星野さんにそう伝えた。


 さっきまで教室中に届いていた笑い声が嘘のように静かになった。


 すると、


「あー! そっか、あれだよね!」


 星野さんが手をぱんっと叩いて、明るい声で言った。


「掃除当番の事だよね! さっき話してたやつ! そうだそうだ! ごめんね、田所君!」


 俺に気を利かせてくれた彼女が、その場の空気を和らげて、俺と一緒にグループから抜けてくれた。


 そして、廊下で二人きりになる。


「どうしたのさいきなり! 田所君があんな風に話しかけてくるなんて珍しいよね!」

「……す、すみません」


 本来なら、彼女が一人になったタイミングで声を掛けるべきだったかも知れない。


 けれど、夏目さんが必死に向き合おうとしている中、明るく周りと談笑している彼女を見て、胸の内が妙にざわついてしまった。


 いまだにこれを口にするべきか迷うけれど、ここまで来て言わない選択肢はない。


「な、夏目さんから、聞きました」

「え?」

「星野さんと、夏目さんの間にあった事」


 俺がそう言うと、


「そうなんだね」


 彼女は低い声で短く、そう一言返した。


 顔を伏せて話す彼女の表情を、俺は読み取る事が出来ない。


「正直さ、そんな気はしてたんだよね。ほら、この前ふわもこランドで会ったしさ」


 再び顔を上げた彼女は、普段通りの明るい笑顔に戻っていて。


 ーーそう思っていたけれど、


「酷いやつでしょ、私!」

「……え?」

「自分の事しか考えてなくて、なっつんをあれだけ傷つけてさ!?」


 それがハリボテだと気付くのに時間は掛からなかった。


 むしろ、その笑顔は自分を責めているようにも見えた。


「……そんなことは、ないと思います」

「え?」

「ほ、星野さんも、辛かったと思うし」


 確かに星野さんは夏目さんに失言をしてしまって、傷つけてしまったとは思う。


 でも失敗は誰だってするし、好意を持っている相手に断られた時の苦しみは、今の俺にも少しは理解出来るから。


 俺の言葉に、軽く微笑む星野さん。


「優しいね、田所君は」

「な、夏目さんも、そう思ってます」


 だから、お互いに話し合って__。


 俺がそう促そうとすると、星野さんは次の言葉を口にした。


「なっつんなら言いそうだね」

「……え?」

「あの子は、凄く優しいから」

「……」


 この時、俺の戸惑いはそのまま表情として表れていたかも知れない。


 それほどまでに、彼女の言っている事が俺には全く分からなかった。


 まるで星野さんは、自分に歩み寄ろうとしてくれてる夏目さんの心情を理解した上で、その発言をしている様に見えたから。


 そこまで夏目さんの事が分かっていて、どうして今の状況になっているのだろう。

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