第37話 勇気

 それから数日が経過した。


 これまでと変わらず夏目さんは俺とよく一緒にいて、黒瀬蓮や星野さんとはあまり接点を持とうとはしなかった。


 唯一変化があるとすれば、


 『ごめんね、……今日、だけだから』


 別れ間際に放った夏目さんの言葉を最後に、俺達の距離も控えめになった事だ。


 自然体でいられる居心地の良さはあるけれど、どこかお互いに気持ちを抑えてしまう。

 少なくとも俺は、夏目さんには、星野さんへの罪悪感を感じて欲しくなかった。


 ずっと心の奥に霞がかっている感覚が残っている。

 きっとこの問題を解決しないと、俺達は前に進めない気がした。


「な、夏目さん、……ちょっと良いですか?」


 それは普段通り二人で昼食を取っている時間。

 俺は意を決して夏目さんに話しかけた。


「……どうしたの?」


 俺の真剣な表情を見て察したのか、彼女が俺に向き合ってじっと見つめてくる。


 その視線に緊張しながらも、俺はここ数日考えていた事を口にした。


「や、やっぱり俺は、……話し合った方が良いと、思います」

「……え?」

「ほ、星野さんと、ちゃんと」


 一番の解決策は、当人同士で話し合いをする事だと俺は思った。

 星野さんとも話したからこそ分かるけど、彼女達の間に、どこかすれ違いがある気がしたから。


「……」


 夏目さんは静かに視線を下に向けて、何かを考えている様子を見せる。


 これまでの彼女の様子から、話し合いが難しいのは明らかだった。


 何故なら、もしそれが簡単に出来ていたら、きっと夏目さんは黒瀬グループから孤立せずに、俺と関係を持つ事もなかったから。


 なので、


「お、俺も一緒に行きます」

「……え?」

「夏目さんが、きちんと星野さんに気持ちを伝えられるように」

「……」


 どこまで彼女の力になれるかは分からないけど、どんな結果が待っていても、俺は彼女を支えようと思った。


 すると、


「ありがとう」


 夏目さんは潤んだ瞳で俺を見て、そう返してきた。


「心配かけてごめんね、田所君。でも、大丈夫」

「……え?」

「私が、やらないと駄目だから」


 そう言葉にする夏目さんの瞳には、このままではいけないという意志が込められていた。


 結論から言うと、彼女はその日、星野さんに話しかけることは出来なかった。


 授業が始まる前に意を決して行動しようとするも、体が硬直して動けない彼女の様子だった。


「……ごめんね」

「え?」


 一緒に帰っている最中、並んで歩く夏目さんがぽつりとそう俺に呟いてくる。


「何も、出来なかった」

「……」


 一緒にいる時間が長くなってきたからか、彼女が落ち込んでいる事がはっきりと分かった。


「そ、そんな事ないですよ!」

「……え?」


 俺は笑顔で彼女に伝える。


「だって、ちゃんと変えようと思って行動してるのが分かったから。そ、それだけで、凄いと思います!」

「……」


 緊張するのは、それだけ問題に向き合って、本気で変えようとしている証拠だと思う。


 その一歩を踏み出そうとしたのが何よりも大切なのだ。


「じ、時間はまだまだあるし、焦らず行きましょう。夏目さんならきっと大丈夫です!」


 俺がそう伝えると、夏目さんは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに柔らかい表情に戻った。


「ありがとう、田所君」


 そんな彼女の様子を見て、俺も安心する。


 手が触れそうな距離の中、居心地の良さを感じつつも、今日は触れ合う事なく歩き続けた。

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