第34話 夏目那月 2

「ねえ、なっつん! 私高校デビューでさ、やってみたい事あるんだよね!」

「何?」

「いや、そのー、……軽く頭を染めてみたいなー、みたいなですね!」


 私達の高校は、生徒一人一人の自主性を尊重していて、自由な校風を掲げている。

 要するに、髪を染めたり、メイクに関して特に制限はない。


 彼女はそう言う事にも興味があるらしい。


「何色にするの?」

「うーん、明るい茶髪かなー」


 そんなやり取りをしている内に、明莉の目がきらりと光った。


「なっつんもちょっとやってみない!?」

「……え?」


 私自身も、少しだけ好奇心があったのかも知れない。


 一日で落とせるカラースプレーと、明莉から教わったナチュラルメイクを合わせた結果、


「すっごい綺麗じゃん、なっつん! もとから素材やばかったけど、お人形さんみたい!」

「……」


 鏡に写るアッシュ系に染めた私の姿は、これまでの控えめな自分とは大きく逸脱していた。


 あまり外見に気を使ってこなかったけど、身なりは凄く可愛いと思えた。

 それに、私を見て喜ぶ明莉を見るのも嬉しかった。


「じゃあ、なっつんのカラー落とそっか!」

「明莉はサロンに行くの?」

「うん、お試しでねー! 高校デビューでミスったら笑って良いよ! 寧ろネタにしておくれ!」

「笑わないよ。私も行くから」

「……え?」


 何かあれば一緒に笑われたら良いし、一緒に戻せば良いのだ。


 こうして、二人で高校に入学した。


 自由な校風からか意外と髪を染めている生徒もそれなりにいて、私達が変に浮くことはないと思った。


 私と明莉は同じクラスに所属し、早くも明莉はクラスメイト達と溶け込んでいった。


 その中でも特に仲良くなったのが黒瀬連君のグループだった。


 彼は野球部のエースで仲間を大切にし、常にクラスの中心に立ってリーダーシップを発揮する、正義感の強い男子だった。


 恋愛事情に疎い私でも、彼の校内での人気が囁かれているのを耳にしたことがある。


 他にもおしゃべりでムードメーカーな土井君や、気配り上手な穂波さんなど、皆が思いやりに溢れる人達ばかりで、入学当初の人間関係に対する不安は少しずつ薄れて行った。


 次第に関係性に慣れた頃、私は明莉から相談を受ける。


「どうしようなっつん。私、黒瀬君の事、……好きになっちゃったかも」

「……え?」


 いつもの快活さはなりを潜め、只静かに黒瀬君の姿を目で追っている彼女の姿は、私が初めて知る明莉だった。


 話を聞くと、周りの人に対する優しさや、一生懸命に部活の練習に励む姿に惹かれたらしい。


 私は一瞬困惑した。

 それがどんな感情なのか、私にはまだ理解できなかったから。


 でもそれが恋なのは知っていたし、私は黒瀬君が、明莉と同じくらいクラスの中で輝く存在だと思っていたから、お似合いだとも思っていた。 


「気持ちを伝えるべきかな?」


 頬を赤く染めながら私に尋ねる明莉。

 

 無責任な事は言えない。

 それでも、


「少なくとも黒瀬君は、明莉の気持ちに、まっすぐに向き合ってくれると思う」


 私はこの後すぐに後悔する発言をしてしまったのだった。

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