第33話 夏目那月 1

 物語の始まりは、親友との出会いまで遡る。


 私が星野明莉と話すようになったのは、中学二年生の夏頃だった。


 それまでは同じクラスにいるだけの関係で、彼女は私にとって遠い存在だった。


 明莉の明るくて社交的な振る舞いは、まるで太陽のようにクラス全体を照らしていて、内向的な性格の私は、彼女とは住む世界が違うとさえ思っていた。


 そんな明莉と、ある時席替えで隣同士になった。


「お、夏目さんと席近くなるの初めてじゃないかい!? よろしくね!」

「……うん」


 どう接して良いか分からず私が戸惑っていると、


「じ、実はさ? ……夏目さんとももっと話してみたかったんだ~!」

「……え?」


 彼女が人差し指を突き合わせて、モジモジしながらそんな事を言ってきた。


「いや普段何考えてるんだろうって思ってさ!?」

「……」

「ご、誤解しないでね!? クールで格好良いなー! って話だよ! ほら、私何でもかんでも表に出ちゃうアホだからさ! 羨ましいなーって!」


 身振り手振りを交えて必死に誤解を解こうとする明莉を眺める。


 惜しげもなく自分の事を話す彼女を凄いと思った。


「……そんな事、全然ないよ」

「え?」


 私は別にクールな訳じゃない。

 上手く感情表現が出来ないだけだ。


 それで過去のクラスメイトに「……怒ってる?」って誤解させてしまったこともある。


「むしろ、感情表現が豊かな星野さんの方が、私は魅力的だと思う」


 私が彼女にそう言うと、


「……じゃあさ、お互い魅力的って事だね!」


 にへらと笑って明莉はそう返した。


 彼女が誰とでも打ち解けられる理由が分かった気がした。


「よろしくね! なっつん!」

「……なっつん?」

「夏目ちゃんだから、なっつん!」

「……なっつん」

 

 初めての事ばかりだったけど、不思議と彼女への得体の知れない不安は、霧が晴れたように消えていた。


◇◇◇


 それ以降、私と明莉はよく話すようになった。


「き、教科書忘れた~!」

「一緒に見る?」

「うぅ、助かった〜! なっつん大好き!」


 時には教科書を貸してあげたり、


「学校では禁止だけどさ、なっつんって普段化粧とか興味ないの?」

「ないよ」

「うっそ! それだけ素材が良いのに勿体ないよ! 今度私が教えてあげる!」

 

 放課後に彼女がわざわざ家に来て、化粧やお洒落を教えてくれたり。

 そのまま親公認で頻繁にお泊りする様な仲にもなった。


 昼休みには一緒にお弁当を食べるのが日常になっていて、


「これ、明莉の分」

「え、また作ってくれたの!? 申し訳ないよ!?」

「私が、食べて欲しいから」


 いつも購買のパンばかり食べてる明莉に、私がおかずを作ってくるのが習慣になっていた。


 というより、


「おいひい」

「……ん」

「将来なっふんの手料理食うぇられる人はひあわふぇだうぇ~」


 彼女が頬を膨らませながら幸せそうに食べてくれるのが嬉しくて、つい作りすぎてしまうのだった。


 彼女との日々は、私にとってどれも新鮮だった。


 他にも交流の広い明莉は、クラスの色々なグループに私を自然と馴染ませてくれて、一緒に遊ぶ機会を増やしてくれたこともあった。


 正直私は、明莉ほど広い交流を必要とはしていなかったけれど、


「私、夏目さんの事誤解してたよ」

「……え?」

「話してみると、凄く優しい人なんだね!」

「そんな事ないよ。でも、……ありがとう」

「ねえ、今度皆で水族館行こうよ!」

「……うん」


 それでも誰かと過ごす魅力を教えてくれたのは、他でもない明莉だった。 


 そんな日々もあっという間に受験期が近づいてくる。


「明莉はどこの高校に行くの?」

「……なっつんやい、君はそれを聞いてどうするのだね?」

「明莉と一緒の所に行きたいから」

「……」


 この時期の私は、特に明莉に対して、自分の気持ちを素直に伝えられるようになっていた。


 明莉のいない学生生活は、正直私には考えられなかった。


 それまでそっぽを向いていた明莉が、突如私に抱き着いてくる。


「すっごく嬉しい、なっつん、大好き」

「……うん」

「……でもね聞いて、なっつん。……駄目なんだよ、それは」

「……何で?」


 彼女の顔が私の肩にすっぽりと収まっているせいで、その表情は見えない。


 明莉が涙声で、絞り出すように言葉を口にした。


「だってそれだとなっつん、おバカな高校に来ちゃうから!」

「……勉強しよう? 教えるから」


 こうして私達は同じ高校に進学することが出来た。


 明莉との色褪せない日々がまた三年間待っている。


 そんな未来を想像し、期待と喜びに満ちていた私は、その生活が自分のせいで終わりを告げるなんて思いもしなかった。

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