第32話 動揺
「びっくりしたよ田所君!? プリ機から出てきたのもだけど、ふわもこランドにいるんだもん!」
「……え、ええ」
目を丸くして陽気に話しかけてくる星野明莉に、俺はぎこちなく返事をする。
内心は凄くざわついていた。
夏目さんと二人でいる所を見られて動揺したのもある。
だけど、それだけじゃない。
「なっつんも最近、田所君とよく一緒にいるよね!」
「……うん」
「目撃情報多発してるぞ〜! 隅に置けないなー、このこの!」
肘で小突く仕草をしながら、夏目さんに明るく言葉を掛ける星野明莉。
一見問題がなさそうな二人のやり取りだけど、そんなはずはない。
彼女の夏目さんを見る表情が、ほんの一瞬曇ったのを俺は見逃さなかった。
そして、夏目さん自身も、
「……」
俯いたまま、いつもの冷静さを保てずにいる様子だった。
明らかに動揺して視線を泳がせ、言葉に詰まっている。
それは、俺が今まで見てきた夏目さんとは、全く違う姿だった。
彼女の状態に驚いていると、星野明莉が他校の友達に俺達の事を説明する。
「こっちは、クラスメイトの田所君と、なっつんこと夏目ちゃん! なっつんは中学からの……親友だよ!」
少し言葉を選ぶような表情を見せながらも、彼女はそう言い切った。
初対面同士、お互い軽く会釈した所で、
「じゃあ、お邪魔虫は退散しますか! また学校でね!」
そう言って、友達とプリクラコーナーの奥へと入ろうとする星野明莉。
そして、
「……お邪魔虫じゃ、ないよ」
夏目さんが小さな声で彼女を引き留めた。
その声に気付いた星野明莉が振り返る。
「……大丈夫だよ! なっつん!」
「……え?」
「私は、応援してるから!」
「……」
努めて明るく、彼女はそう口にした。
その言葉に悪意はなく、ただ愛情が籠っている様に俺には聞こえたけれど。
「……明莉、私は」
立ち去る星野明莉の背中を眺めながら、夏目さんの表情は更に戸惑いの色が濃くなっている様に見えた。
◇◇◇
遊園地を後にした俺達は、最寄りの駅へと向かう。
二人並んで歩いているけれど、俺達の間に会話はなく、ただ足音だけが響いてくる。
いつもの居心地の良い静けさとは違って、今回は空気が少し重く感じた。
どう声を掛けるべきか迷っていると、夏目さんが急に立ち止まった。
「ごめんね、田所君」
「……え?」
「私、……凄く迷惑かけてる」
「……」
彼女の言う「迷惑」が何を差しているのかは分からない。
でも、俯いた彼女の声は弱々しく、その表情は疲れている様に見えた。
こんな状態でも、彼女は他人の心配をする人なのだ。
その姿を見た瞬間、俺は笑顔で口を開いた。
今度はもう迷わなかった。
「お、俺は夏目さんの事を、迷惑なんて思った事、ないです」
「……え?」
「一緒にいて凄く幸せだし、今も大切な時間だと思ってます。だから__」
だから、
「……お願いだからそんな悲しい事、言わないで下さい」
言っていて、自分の笑顔が崩れてしまった。
自分の事を顧みず、ただ他人を気遣おうとする彼女を見ていると、胸が締め付けられるように痛かった。
「……ごめんね、田所君」
小さく絞りだされた彼女の言葉が、更に俺の心を揺らした。
攻める様な口調になってしまったと反省する。
「お、俺の方こそ、変な事言ってごめんなさい」
「……ううん。……ありがとう」
「き、きっとお互い疲れてるんですよ、ちょっと休みませんか?」
ちょうど隣に見晴らしの良い展望台があり、その手前には小さなベンチがあった。
俺は暗い空気をかき消すように笑顔で小走りでそこまで行くと、先に腰をおろした。
「ほら! 凄く眺めが良いですよ!」
俺は夏目さんを笑顔で手招きすると、彼女も隣に腰をおろした。
二人して夜の景色を一望する。
展望台から見渡すビル群は、街の明りを反射してキラキラと輝いていた。
「……き、綺麗ですね」
「……うん」
そこからは二人して静かに景色を眺め続けた。
しばらくして隣を見ると、夏目さんが何かを言おうして、それでも迷っている様子が伺えた。
「……ま、待ちますよ、俺」
「……え?」
「夏目さんが無理しないで、話しても良いって思える時まで」
「……」
彼女が俺を頼ってくれたら凄く嬉しいと思う。
その反面、ここまで彼女が何も言わない理由があるのなら、それを尊重したい気持ちもあった。
「い、いつでも言って下さい。あと何があっても、俺は最後まで夏目さんの味方なんで」
「……うん」
じっと俺を見つめる夏目さんに笑顔でそう語りかけると、俺は時計を確認した。
「そ、そろそろ帰りましょうか。あまり遅くなってもいけないし」
そう言って席を立った瞬間、
「……えっ?」
夏目さんが俺の背中に寄りかかってきた。
柔らかな感触が背中に密着して、心臓が早く脈打つ。
彼女の手が俺の肩をそっとなぞる度に、甘い痺れが広がった。
乱れた息遣いが耳元に届く中、彼女は囁く。
「……ごめんね、田所君」
「……」
「聞いて、……欲しいの。私の事」
振り返って彼女を見ると、潤んだ瞳がまっすぐに俺を捉えていた。
きっと俺達の一日は、もう少し長くなるのだろうと思った。
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