第35話 夏目那月 3
問題は、その黒瀬君のまっすぐさが最初に向けられたのが私だった事だ。
「俺、夏目の事が好きなんだ」
黒瀬君に体育館裏に呼び出され、言われた第一声がそれだった。
彼のまっすぐに私を見つめる瞳。
私はこれを知っていた。
親友が何度も彼に見せていたモノだったから。
私は__、
「……ごめんね」
その場で彼に謝った。
直後に肩を竦めて笑う黒瀬君。
彼なりに重い空気を作らないための配慮だと思った。
私は彼を異性として見たことはなかった。
それに黒瀬君は明莉が好きな人だから。
振った理由を尋ねられた際に、言いよどんでいる私の様子を彼が察してくれて、その場はあっさりと収まった。
それでも私の心が晴れることはなかった。
なぜなら、
「聞いてなっつん! 今日も黒瀬君が恰好良かったんだよ!」
「……うん」
黒瀬君への想いが次第に募る明莉の姿を、間近で見ていたからだ。
明莉に素直に出来事を打ち明けた方が良いのかも知れない。
でも、彼女が傷つく姿も見たくはなかった。
黒瀬君の好意を勝手に話すのもどうかと思うし。
それに__。
そうこう悩んでいる内に、
明莉が、黒瀬君に告白してしまった。
誰もいない教室で、机に突っ伏して泣いている彼女を見て、取り返しのつかない事をしてしまったとようやく気付いた。
「……明莉」
私が彼女の背中にそっと触れようとすると、
「……言われたの」
「……え?」
「まっすぐ見つめられて、「俺は夏目が好きだから」って。真剣な表情で」
「……そう、……なんだ」
「……だから、付き合うことは出来ないって」
涙声の明莉に掛ける言葉が見つからないでいると、彼女が言葉を続ける。
「何で、……言ってくれなかったの?」
「……え?」
「黒瀬君、言ってたよ。なっつんに告白したって」
直後、胸が強く締め付けられる感覚に襲われた。
「ねえ、どんな気持ちでなっつんは私の話を聞いてたの?」
「……私、は」
「黒瀬君がなっつんの事を好きなのは良いよ。なっつん良い子だし、私の親友だもん。なっつんがその気なら応援だってしたよ。でも、……もっと早く教えてくれても良かったのに」
「……」
泣きはらした明莉の赤い瞳が私を捉える。
私は頭が働かない中、必死に言葉を紡いだ。
「……明莉に、何て、言って良いか」
「……」
「……傷つけたく、なくて」
私がそう言うと、場に静寂が訪れる。
そして、
「……それ、本当に私のためなの?」
「……え?」
「自分が傷つきたくなかったんじゃないの? 少しでもそれがなかったって言えるの? なっつん」
明莉の視線が私を射貫き、私の心臓が跳ねた。
彼女は驚くほど鋭い感覚で、相手の心の動きを読み取ることが得意だった。
彼女の言う通りだ。
本当は、黒瀬君の気持ちを伝えたら、明莉と私の関係がどうなるのか、それが怖くて何も言えなかった。
私は、彼女を傷つけたくない理由を盾にして、自分が傷つく事から逃げたのだ。
同時にそれは、私が彼女を信用していない事も意味していた。
何故なら、もし明莉の事を信じていれば、彼女がその程度で私を見限る人間だなんて発想は出てこなかったからだ。
「……」
私は、もう何も言えなくなってしまった。
「……ごめんね」
そうつぶやいたのは、私ではなく明莉だった。
「私、酷い人間だね。振られた腹いせになっつんに八つ当たりしただけだ」
「……違うよ」
「黒瀬君は誠実に対応してくれた。なっつんは私の事を考えてくれてた。私は自分勝手だね」
「……違う」
悪いのは全部私だ。
私が最初からはっきりと明莉に伝えておけば、こんなことにはならなかったのに。
二人の間にそれ以上の会話はなく、その日は解散してしまった。
それ以来、私達の関係には見えない溝が出来てしまった。
黒瀬君も明莉も、表向きは明るく振る舞っているけれど、その笑顔にはどこか無理が滲んでいた。
この状況を生み出したのは紛れもない私だ。
私さえ、いなければ。
ここにいる資格なんてない。
私はグループから抜け出して、一人で過ごす時間を選んだ。
人の温もりを求める度に、大切な人の関係性を壊した自分が脳裏をよぎる。
もう誰とも関わらない、それが一番だと心に誓ったはずだったのに。
私は田所君とまた出会う事で、再度私の心にわずかな火をともしてしまったのだった。
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