第45話 グループワーク

 黒瀬連、星野さん、夏目さん、そして俺を含めた六人グループで進行方法について話し合っている時だった。


 黒瀬連が明るい声を響かせた。


「じゃあ、まずはグループリーダーを決めようか」

「そうだねー!」


 その彼の提案に、星野さんは元気よく賛同する。

 彼は全員を見渡しながら、穏やかな声で問いかけた。

 

「誰かやりたい人はいるかな。皆の意見をまとめたり、話し合いを仕切る役なんだけど」


 その言葉に、全員が気まずそうに目を伏せてしまう。

 陰キャの俺もその一人だった。


「じゃあ、俺がやるよ! 皆で助け合いながら進めて行こう」


 その沈黙を破るように、状況を察した黒瀬連が、笑顔で明るくそう言った。


「まずは、皆で作品のあらすじを振り返りつつ、それぞれの感想を共有していこう」


 今回題材にしている作品は、誰もが一度は聞いたことがあるかも知れない童話、『マッチ売りの少女』である。


 大晦日の寒い夜に、一人ぼっちで街を歩いている少女。

 彼女は貧しい家庭で育ち、家にお金を持ち帰るためにマッチを売っているけれど、誰も買ってはくれない。


 薄着で凍える寒さの中、少女は壁際に蹲って、一本のマッチに火をつけると、彼女の欲しいものが次々と浮かび上がっては消えていく。


 最後に亡くなったおばあさんの幻想を見た彼女は、翌日、雪の上に横たわって亡くなっていた。


 というお話だ。


「田所君は、どうかな?」


 黒瀬連が俺に感想を求めてきた。


 グループの視線が俺に集まる。

 俺は緊張して戸惑いながらも、今感じていたことをそのまま口にした。


「え、えっと、こ、高校生になって、感受性がより豊かになった状態で改めて読むと、結構悲しいものを感じるっていうか」

「ああ! 確かに凄く悲しいよな」

「それ私も思った! こんな残酷な話だったっけ!? みたいな」


 これで良いのかと自信なさげに紡いだ俺の言葉を、黒瀬連も星野さんも、しっかり聞いて頷いてくれた。

 その温かい反応が、俺の緊張を解きほぐしていく。


 星野さんは言わずもがな、やっぱり黒瀬連も、皆から頼られて好かれる人間性を持っていると思った。


 誰の意見もフラットに聞き入れて、物事を公正に判断する。


 率先して行動するのは、自分に対する自信と、周囲への配慮が感じられた。


 一言で言うと、『良い奴』なのだろう。


 そんな黒瀬連は、夏目さんにも質問する。


「夏目はどう思った?」

「……え?」


 その彼の言葉に少し心がざわつきながらも、俺は少し逡巡する夏目さんの方に視線を向けた。


「どう? なっつん」


 星野さんも夏目さんに意見を促す。

 すると、彼女は静かに口を開いた。


「私も、凄く悲しいと思ったし、皆の意見を聞いて、共感する部分が多かった」

「だよねー、なっつん! 私もそうだよ!」


 無表情にそう答える夏目さんと、元気に頷く星野さん。


「やっぱり、共感するよな」


 黒瀬連も優しい眼差しで夏目さんに向けて頷いた。


 そうして皆の意見を出し合った所で、彼がグループを進めていく。


「意見を出してくれてありがとう! 次は分析のテーマを決めるけど、少女の境遇に共感した意見とか沢山出てたし、まずはキャラクターの心情変化の分析とかどうだろう?」

「良いね! 賛成!」

「……うん」


 と言う事で、ざっくりと方針が固まって、次回までに各々の意見を持ってくる形で、この日の国語の授業は終了した。


 この時点で、俺の中での違和感は、言語化出来つつあった。


 その後の二回目のグループワークや、普段黒瀬グループに混ざっている夏目さんの様子を見て、それは次第に核心に変わっていく。


 そんな最中の学校からの帰り道。

 夏目さんと一緒に駅へと向かう道中、俺は彼女に話しかける。


「な、夏目さんは、星野さん達と帰らないで、大丈夫なんですか?」

「……え?」


 僅かに驚いたように俺を見る夏目さん。

 決して、彼女を突き放す発言をしたい訳じゃない。


 夏目さんと一緒にいれる時間は、いつだって俺にとって大切なものだから。

 ただ、彼女の人間関係が心配なのだ。


 俺と一緒にいる前は、彼女達と一緒に帰っていた気がするから。


「大丈夫」


 夏目さんはそう一言呟く。


「明莉達も大切だけど、田所君とも、一緒に帰りたいから」


 瞳を潤ませた彼女が、人気がない細い路地で、俺にくっついてきた。


「……ん」


 日に日に増して彼女の密着具合が強くなっていく。


 柔らかい夏目さんの温もり。

 緊張しながらも、俺の中で満たされるものを感じた。


 俺はその場で立ち止まると、彼女に視線を向ける。

 それに気付いた夏目さんが、強く俺を見つめ返してきた。


 お互いの吐息が甘く絡みつく中、


「……な、夏目さん」

「……うん、何?」


 俺は彼女にゆっくりと話しかける。 






「本当は、自分の本心を誰にも伝えられてないんじゃないですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る