第46話 本心

「……どういう意味?」


 彼女の揺れた瞳が俺の心を射貫いた。


 その様子に戸惑いつつ、何と伝えれば良いのか、必死に言葉を紡ぐ。


「な、何ていうか。夏目さん『無理』し過ぎているんじゃないかなって思って」

「……無理?」


 最初にそう思ったのは、星野さんと仲直りしている時だ。


 彼女は「私が悪い」と、全ての問題を一人で背負って、自分だけで解決しようとしていた。

 それは俺の目には、過度に彼女自身を追い詰めてしまうほど危険な、完璧主義にも見えた。


 彼女は優しいのだ。

 自己犠牲で全てを解決しようとするほどに。


 でもそれは、自分の本心を曝け出さず、他人に甘える事を拒む生き方をしている事も意味していると思う。


 事実、星野さんの仲直りの時には、夏目さんは自分の気持ちを伝えることなく、彼女をただ慰める形で話を終わらせた。


 意識して観察すれば、グループワークでも、自己主張が少ないのが露骨に分かった。


「ほ、星野さんについても、夏目さんは、本当はもっと言葉にしたい事があったんじゃないかって思って」

「……」


 俺の言葉を聞いて、僅かに視線を落とす夏目さん。

 彼女の中でも心当たりがあるのかもしれない。


 しばらく黙っていた彼女が、ぽつりと呟く。


「……どうすれば良いのか、分からなくて」


 その表情には、戸惑いが滲んでいた。


「もう、あんな状況には、したくないから」

「……」


 多分、星野さんとの仲違いの時の話をしているのだろう。

 話の流れはまだつかめないけれど、彼女が苦しんでいる事は十分に分かった。


「は、話してみませんか?」

「……え?」

「星野さんや黒瀬君に直接話せなくても、俺に話すだけでも、少しは楽になるんじゃないかって」

「……」


 俯いて黙る彼女に対して、もう黙っていることは出来なかった。


「俺は夏目さんが悩んでる所を見るのが、何よりも辛いです」


 俺の言葉に僅かに目を見開く夏目さん。


 沈黙が続いたけれど、彼女はしばらく逡巡した後、


「……ごめんね。田所君に、聞いて欲しい」


 小さな声でそう呟きながら、彼女は今の心の内を俺に伝えてくれた。


「私は、明莉みたいに誰とでも仲良くなれるタイプじゃないから、本当は人と関わるのが苦手で」

「……そ、そうなんですね」

「中学の頃は、明莉と一緒にいるだけで楽しくて、それで満足だったから」

「……」

「だから本当は、高校で人との関わりを増やしたり、黒瀬君と話し合ったりするのが、正直どうして良いのか分からなかった」


 彼女は伏し目がちに言葉を続ける。


「明莉と仲直りした時にそれに気づいたの。本当は、私はもともと集団行動が苦手だったんだって。でも、明莉が好きなことだから、頑張ろうと思ってた」

「……」


 夏目さんにとって大切なのは、ただ星野さんと一緒にいることだった。

 彼女はもともと、人付き合いを広げることが得意な訳じゃなかったのだ。


 それなのに、今回のいざこざがきっかけで、その本心を星野さんに伝えることができなくなってしまった。


 自分の判断で動いて、再び星野さんを失うことが怖いのだろう。


 俺は少し考えた後、彼女にそっと提案してみた。


「それを、星野さんに伝えてみるのはどうですか?」

「……え?」


 確かなことが一つある。

 この状況はずっと長くは続かない。


 夏目さんの無理の上に成り立っているからだ。


「仮にそれを星野さんに伝えても、彼女は、夏目さんを責めたりはしないと思います」

「……」


 別に夏目さんは、誰の事も悪くは言っていない。

 ただ、彼女には彼女の苦手なことがあるだけだ。


 星野さんがこの先、どんな風に夏目さんと接するのかは分からない。

 けれど、彼女を突き放したり、二人の関係が壊れることはきっとないと思う。


 それでも、もし不安なら、


「お、俺もいるので。何かあったら一緒に考えます」


 夏目さんが自分らしくいられないままなのは、俺には耐えられなかった。


 けれど、あの喧嘩が彼女の心に深く刻まれているのか、


「……ごめんね。田所君」


 夏目さんは首を横に振った。


 俺の言葉は届かなかった。


 軽率だったのかもしれない。

 同じような経験を乗り越えたわけでもない俺が、何を言っても説得力がないのだろう。


 だとしたら、俺に出来ることは何なのだろう。

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