第47話 発表

 夏目さんの問題が解決しないまま迎えた、グループワークは最終日を迎えた。


 各グループで話し合った内容を、順番に教壇に立って発表していく。


 俺のグループのテーマは『キャラクターの心情変化の分析』と『作者の生きた時代背景』である。


 流れに沿って、六人で割り振ったそれぞれのパートを発表していく。


 黒瀬 蓮の番になった。


「『マッチ売りの少女』は、デンマーク出身のアルデンセンが十九世紀に書いたものです。当時は、産業革命の影響で経済が発展した一方で貧しい人々も増えて、貧困格差がありました。裕福に暮らす家庭がある中で、労働を強いられる少女も珍しくなかったそうです」


 聞いていて、彼の事を素直に凄いと思った。


 堂々と自信を持って、グループワークで話した以上に、分かりやすく情報をクラスメイトに伝えていく。


 発表の最後に、メンバーが一人一人作品の感想を述べる場面となった。


「私も、社会の冷たさとか、そういうのがリアルに作中に描かれていて、今とは違うんだなと思いました」


 無難な感想を話し終える夏目さんを見て、最後まで、彼女の本心を引き出せなかったことに、力不足を感じた。


 そもそも俺が解決しようなんて、おこがましかったのかもしれない。


 そんな事を考えている最中、星野さんの番になり、彼女は口を開いた。


「少女が本当の願いが言えなかったのは、凄く、悲しいなって思いました! やりたい事は、沢山あったはずなのに。周りに聞いてくれる人とかいなかったのかなって」


 彼女のその感想は偶然だったけど、俺の背中を押してくれた。


 きっと星野さんは、夏目さんの話を真剣に聞いてくれると思ったから。


 そして、俺の感想の番が来た。


 半ば反射的に、星野さんに同調するように、俺も感想を述べる。


「じ、自分の好きなことを周りに言えなかったりする事ってあると思ってて」


 全員の視線が俺に集まる。

 緊張して頭が真っ白になる中、次に発言することを思って、俺は手汗が滲んできた。


 どうなるかは分からない。今より高校生活が悪化するかもしれない。


 それでも、俺自身と夏目さんに証明したいことがあった。


「お、俺も、実はアニメオタクで、ずっと隠してたけど。そ、そんな感じで、受け入れられないって思うと、中々言えない事ってあると思ってて」


 俺は、自分がオタクであることを、初めてクラスメイトに暴露したのだった。


◇◇◇


 その日以降、話をしたことのないクラスメイトから話しかけられるようになった。


 その人達から聞いたけれど、いつも、教室から忽然と姿を消す、良く分らないキャラという立ち位置としてクラスメイト達からは認識されていたらしい。


 今回の発表の時も、いきなりの暴露に皆が騒然としたらしいけれど、奇抜な事をする不思議君として、受け入れられたようだった。


 別に、多くの人に認められたいとか、友達が沢山欲しいとか、今はまだそういう感覚はないけれど、ありのままの自分を話した事で、今の関係が出来上がったなら、それで良いと思った。


 そして、俺がなぜそんな行動に出たのかと言えば、当然それは、俺が一番大切にしている人に向けて伝えたいことがあったからだ。


「……どうして、あんな事を言ったの? 田所君」


 弁当をつつく箸を止めて、夏目さんが戸惑いながらそう呟いた。


「もしかしたら、傷つくことになったかもしれないのに」


 それは、俺を案じてくれている時の表情だった。


 俺は夏目さんに何て伝えるべきか慎重に言葉を選びながら、彼女にゆっくりと話す。


「夏目さんに、証明したかったから、です」

「……え?」

「じ、自分の本心を伝えても、何とかなるって」


 俺自身どうなるか分からなかったから、ある種無謀な賭けだとは思ったけれど。

 何よりも授業中だったわけだし。


「そんなの、本当に良い方向に進むか何て、分からないし」

「……」


 目を伏せながらそういう夏目さん。

 それは彼女の言うとおりだった。


「ただ、お、俺は、それでも、良かったっていうか」

「……え?」


 この発言が夏目さんに取って、プラスの言葉になるのかは分からないけれど、俺は言う事にした。


 それは、俺自身が本当に思っていた事だったから。


「も、もし仮に、周りから受け入れてもらえなかったとしても、俺は、それで良かったと思ってました。全く傷つかないって言ったら嘘になるけど」

「……」


 なぜなら、


「な、夏目さんがいてくれたから」

「え?」


 俺のオタク趣味を最初に受け入れてくれたのは夏目さんだった。


 俺が、気持ち悪いって虐げられて、ありのままの自分が出せない中で、最初にそんな俺の全てを受け入れて肯定してくれたのは、他でもない夏目さんだった。


 十分だった。


 仮に他の誰に否定されたとしても、夏目さんがそばにいてくれただけで、俺には勿体なさすぎるほどに、十分だった。


「だから、俺は言えたんです」

「……」

「でも、夏目さんの状況が俺とは違う事も分かってます」

「……え?」


 彼女は、夏目さんしかいなかった俺とは違う。


「夏目さんは、星野さんを大切にしていることが、伝わってくるから」


 だから、本当の意味で、彼女の背中を押せたかどうかは分からなかった。

 傲慢な考えかも知れない。


 俺が味方だから、星野さんと関係がこじれても良い。

 夏目さんはそういう風には考えないだろうから。


 これ以上、俺が夏目さんに出来る事は何かと考えていると、夏目さんが口を開いた。


「……大丈夫だよ。田所君」


 俺を見た夏目さんの表情からは、いつの間にか、迷いは消えていた。


「私に勇気を与えてくれて、ありがとう」

「……え?」

「このままじゃ良くないって、私も、思ってるから」


 そういった夏目さんは、こうことばを続けて締めくくった。


「私も、明莉に、自分の本心をちゃんと伝えるから」

 そう言うと、夏目さんは弁当箱を持って立ち上がった。


「明莉の所に言ってくる」


 そう言って、階段を数段降りた所で、夏目さんが振り返った。


「もうすぐ、夏祭りが近所であるんだって」

「そ、そうなんですね」


 振り返った彼女の潤んだ瞳から、どんな言葉が出てくるのか、期待してしまう自分がいた。


 そして、


「もし、これが終わったら、私と一緒に行かない?」


 そう言った彼女は不安そうに俺を見つめてきた。


 俺はそんな彼女に笑顔で返答する。


「ぜ、ぜひ。俺も、夏目さんと行きたいです」

「……うん」

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