第48話 夏祭り

 夏休みが始まる直前の七月中旬の夕方。


 俺は、学校から数駅離れた駅構内にいた。


 待ち合わせをする相手は一人しかいない。


「お待たせ、田所君」

「い、いえ」


 現れたのは、浴衣姿の夏目さんである。


 白を基調に、葉っぱや赤い花びらの柄が刺繍された浴衣を身にまとっている。

 帯の結び目がキュッと閉められ、彼女の細く引き締まった体のラインを強調した。


 ふんわりとした生地が揺れる度に、肌がちらりと見えて、色っぽさが引き立つ。


「……」


 じっと俺を見つめる夏目さん。

 その表情は、僅かに、俺の何かの言葉を待っている様子にも見えた。


 俺は、自分が思っている気持ちを素直に彼女に伝える。


「す、凄く似合ってます」

「……本当?」


 俺にゆっくりと近づいて、上目遣いでそう尋ねてくる夏目さん。


「ほ、本当です。凄い、……」


 可愛いと言おうとして、俺が言いよどんでいると、至近距離に来た夏目さんが囁く。


「ねえ、言って」

「……え?」

「ちゃんと、言葉にして欲しい」


 潤んだ瞳の夏目さんと目が合う。


「……か、可愛いです」

「……」


 俺がそう言うと、彼女が俺に抱き着いてきた。


 甘い香水の香りが俺の鼻孔をくすぐった。


「着てきて、良かった」

 彼女の安心した息遣い、その温もりが、服越しに強く伝わってくる。


「ねえ、聞こえる?」

「……え?」

「私の心臓の音」

「……」


 夏目さんが、口元を俺の耳に近づけて、吐息交じりに囁いた。


「ドクンドクンって、凄く、音してる」


 その発言に、俺の心臓はより一層高鳴った。


「分かる? どんどん鼓動が早くなっていってるの、どうなっちゃうんだろうね」


 お互いの胸元が強く密着する。


 俺自身、自分の鼓動の音が彼女に聞こえてしまわないか不安になりながら、しばらく数分はその状態をお互いに堪能し続けた。


 そして、


「そ、そろそろ行きましょうか」

「……」


 ずっとここで密着していては、先には進まない。


 名残惜しい気持ちを抑えつつ、二人で並んで祭りへと向かう。


 その間の移動時間は十分程度だったけれど、二人の手先が僅かに触れ合う中で、


「ねえ、つなごう?」


 潤んだ瞳で見つめてくる夏目さんからそう提案され、俺達は初めて、お互いの手を握り合った。


 ぎこちなくも、その手の温もりに安心感を覚える。


 目的の河川敷に到着すると、賑やかな雰囲気が広がっていて、様々な出店が数多く並んでいた。


 順番に立ち並ぶお店の景色を眺めながら、人混みではぐれないようにしっかりと手を握り合って、ゆっくりと歩みを進めていく。


「……あっ」


 途中、夏目さんが、お面屋で足を止めた。


 可愛いアニメのキャラクターのお面が並べられている。


 その中には、ふわもこのキャラクター達のお面も飾られていた。


 ミルフィやクロミーなど、お馴染みなキャラクターが並んでいる中で、彼女の目に何よりも止まっていたのは、


「まるぷり」


 まるぷりの黄色いお面だった。


「いらっしゃい!」


 突然、屋台の店主が景気よく声を掛けてきた。

 がっしりとした体つきに、どこか江戸っ子らしい話しぶり。


 その迫力に気圧されてしまったのか、ただじっとお面を見つめる夏目さんに俺は優しく話しかける。


「か、買ってみますか?」

「……うん」


 俺は店主にお願いして、まるぷりのお面を購入した。


「……ありがとう」


 それを夏目さんが、頭に付ける。


 僅かに上がる口角。


 可愛いものが好きな彼女を最近知ったからだろうか。

 夏目さんらしくて可愛いと思った。


 そして、


「どう?」


 まるぷりのお面を被って俺に問いかけてくる夏目さん。


「す、凄い、似合ってるっていうか、可愛いなって思いました」

「……ん」


 俺の肩に寄り添ってくる夏目さん。


 そんな彼女を見て、愛おしいと、強く思ってしまうのだった。


 次に夏目さんの目に留まったのはチョコバナナのお店だ。


「好きなんですか?」

「うん」

「お、俺もです」


 彼女と好きなモノが共有出来て、嬉しく思った。


 まあぼっちの俺は、祭りの出店で食べ物を買って帰るだけだったんだけど。


 二人で並んでチョコバナナを手に取ると、夏目さんはそっと唇を寄せた。


「……んっ。凄く、大きい」


 ぽつりと漏れた彼女の言葉に、俺の心臓が跳ねる。


 彼女の小さな口には大きかったのか、唇が何度も触れる度に、チョコのコーティングが艶めく。


「……んっ」


 唇についたチョコレートを彼女が優しく舌で舐めとった。


「食べないの?」


 その光景に見惚れていた俺に、夏目さんが声を掛けてくる。


 慌てて俺も、自分の分のチョコバナナを口に入れた。


 そうして二人で、出店を渡り歩きながら、奥へと足を進めていく中で、射的屋が見えてきた。


 夏目さんがやってる所が想像できないなと思いながら、思い出作りに俺は彼女に提案してみる。


「な、夏目さん。良かったら一緒に射的をやってみませんか?」

「……え?」


 と言う事で、次は二人で射的に挑戦してみることに。


 店主の男性に二人分の料金を渡すと、細長い射的用の銃と、コルクが渡された。


 それを渡された夏目さんが、首を軽く傾げながら銃を眺めている。


「夏目さんは、射的の経験はありますか?」

「ううん。明莉がやってるのを見てた事はあるけど」

「そうなんですね」


 俺は彼女にやり方を教える。


「皿の上に置いてあるコルクを、銃口に詰めて、銃の後ろのレバーをカチって鳴るまで引っ張って」

「……こう?」


 ぎこちないながらも、夏目さんは俺の動きに合わせて、コルクを銃に装填し、打つ準備を整えた。


「後は、好きな景品に銃口を向けて引き金を引くだけです」


 俺はそう言いながら、ぬいぐるみに向けて銃の引き金を引いた。


 大きめのぬいぐるみだったからか、コルクは当たったけれど、びくともしなかった。


「……難しいね」


 そう言った夏目さんの表情は、少し、ワクワクしている様に見えた。


 彼女の新たな一面が見れて喜ぶ中、夏目さんは銃をぬいぐるみに向けて引き金を引こうとして、中々、力が入らない様だった。


 彼女のそばに寄り、銃を横から支えようとした瞬間、無防備に開いた白い胸元が目に入った。


「す、すいませ__」


 慌てて離れようとする俺の手を彼女がそっと掴む。


「ねえ、そばにいて」

 

 潤んだ瞳の彼女に見つめられ、抵抗力が弱まる。


「ねえ、もっと近づいて。それじゃ安定しないよ」


 頬を染めながら、彼女がそう囁く。


 改めて彼女の銃を支えて、パンっという音とともに、銃からコルクが発射された。


 そして、


「おお! 凄いですね! おめでとうございます!」


 喜んだ様子で、ぬいぐるみを渡してくれるお店の店主。


 発射されたコルクはぬいぐるみをのけぞらせ、見事に台から落とすことが出来た。


 渡されたぬいぐるみを、大事そうに両手で抱える夏目さん。


 射的屋を終えて、少し歩いた俺達は、川辺で一休みすることに。


「人が凄いね」

「そうですね」


 川を挟んだ両側の河川は、どちらも沢山の屋台と、人が混雑していて、大規模なお祭りであることを物語っている。


 これからこの場所で、空高く打ちあがる花火を、俺達は楽しむことになる。


 ただ、予定の時間までは、まだ少し時間があった。


「……あ、あの、夏目さん」

「ん、何?」


 俺は、夏目さんにこれまで聞きそびれていたことを聞いてみる事にした。


「その後の、星野さんとの関係は、どうですか?」

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