第49話 親友

 話は夏祭りの前に遡る。


「なっつん、話ってどうしたの?」


 私が真剣な表情で、明莉に大事な話があることを伝えると、明莉はまた二人きりで話す時間を用意してくれた。


 その表情は、きょとんとした表情をしていたけれど、


「私、またなっつんに酷いことしてた?」


 すぐにその表情は不安なモノへと変わっていった。

 私は慌てて彼女の誤解を解く。


「そうじゃないよ。明莉は悪くなくて」

「……え?」


 言葉に詰まりながらも、私は意を決して、明莉に自分の事を打ち明けることにした。


「私は、本当は、自分の気持ちをちゃんと、明莉に吐き出せてなかったの」

「……どういう事? なっつん」


 明莉の表情は真剣なものに変わり、まっすぐな視線が私に向けられる。


 臆してしまうけれど、それでも、言わなければいけない。

 今の関係は、何も解決していないから。


 私は明莉に話した。


 明莉と一緒にいるために、知らない人と話すのが苦しかったこと。黒瀬君との喧嘩で、自分がどうするべきなのか分からなくなったこと。


 私はただ、明莉といたかっただけなのに、それを伝える勇気さえなかったこと。


 全てを話した。


 明莉の真剣な表情はくずれない。


 彼女が何を想っているのか不安になりながらも、最後まで明莉は静かに、私の話を聞いてくれていた。


 そして、


「ごめんね、なっつん、巻き込んじゃってたんだね」


 目を伏せる明莉に、私は弁明する。


「そうじゃないよ。私が望んだことだから。きっと明莉に私は、憧れてたんだと思う」


 明莉は私にとって、太陽みたいな存在だったから。


「でも、分かった。私は明莉みたいにはなれないって」


 私達の間に静寂が訪れる中、明莉が静かに口を開く。


「……ねえ、なっつん」

「……何?」

「私達、まだ親友だよね」

「うん。明莉は私にとって、いちばん大切な、親友」

「うん」


 そして、


「あああああああああああああ! 良かったあああああ!」

「……え?」


 安堵の表情を浮かべる明莉。

 その様子に私は戸惑ってしまう。


「なっつん! 私といるの嫌なのかなって思っちゃったじゃん!」

「……そんな事」

「っていうか言ってよ! 辛かったならさ! 私は怒ってるんだよなっつん!」


 私の不安な表情を察したのか、明莉が明るく言う。


「伝える勇気が出なかったって、それって私がなっつんを見限る人間って思ってたって事でしょ!? 私の事信用してないじゃんそれ!」


 明莉の言う通りだ。

 彼女の事を信じていれば、こんな愚かな発想なんて、湧かなかったはずなのに。

 

「……ごめんね」


 かろうじてそう言葉にする私を、ふいに明莉が抱きしめてくれた。


「……なんてね」

「……え?」

「怒ってるのは本当だけど、なっつんも私に怒って良いんだよ? だって私も、なっつんとの関係がこじれる事を、仲直りするまでずっと恐れてたから。それって私もなっつんの事、本当の意味で信用してなかったからって事だから」


 明莉が静かに言葉を続ける。


「……お互い、まだまだ未熟だったね」

「……うん」


 少し沈黙が流れた後、明莉が私に問いかける。


「……ねえ、なっつん」

「……何?」

「……このまま、私たちの関係が終わっちゃうことはないよね?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の中に温かいものが広がっていった。


「……うん」

「私、嫌だよ。こんな、なっつんとの関係が終わるなんて」

「私も、……絶対に嫌だよ」


 明莉の声が少し震えて、鼻をすする音が聞こえてきた。


 私の視界も徐々に歪んでくる。


 そして、私達はとうとう二人して泣いてしまった。


 思えば彼女の前で泣いた事なんてなかったし、明莉の泣いてる姿を見たこともなかった。


 お互いの本音を晒して、抱きしめ合いながら泣き合って、それでも私は、彼女とのつながりを深く感じた。


 どれくらいそうしていただろう。


 ひとしきり泣き合った後、明莉が訪ねてくる。


「田所君とは、どうなの? なっつん」

「どうなのって?」

「上手く言ってるのかなって思って」


 何て返せばいいか分からなくて下を向く私を、明莉が肘で小突いてくる。


「自分の気持ちをそろそろ伝えても良いって思うな、私は」

「……え?」

「ずっと私の事を気にかけて、関係が進むの止めてたんだじゃいの?」

「……そんな事」

「あるでしょ? 私だってなっつんと付き合いが長いんだからさ。分かるよ」

「……」

「……私は大丈夫だから、伝えてきなよ。自分の気持ち」


 そう話している時の明莉の表情は、晴れやかだった。


「行くんでしょ? 今度の夏まつり」

「……うん」

「ちゃんと自分の気持ちを伝えてきな! なっつん」


 そういって明莉は私の肩を軽く叩いた。


 以前よりも更に気兼ねないやり取りが出来るようになった明莉に、強いつながりを感じながら、改めて私は、田所君に対する自分の気持ちを再確認する。


「……私の気持ち」

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