第5話 こういうのが好きなの?

 俺と夏目那月との体育の件が、特に学校内で噂される事もなく、表向きは平穏に一週間が経過した。


 そんな学校からの帰り道。


 俺は学校と家の中間地点にある、行きつけの本屋へと足を運んでいた。


 品揃えが豊富で店内が広く、落ち着いた雰囲気があるのが特徴である。


 ちなみに今回ここに足を運んだ目的は、俺が集めている漫画、『表情が読めないギャルが気になる』の最新巻を買うためだ。


  内気な男子高校生が、新学期に隣の席になった無表情ギャルに絡まれる話で、ヒロインが自分に好意があるのか無表情で全く分からないから、毎回主人公が翻弄される、というラブコメ作品である。


 見た目に反してヒロインが素直で可愛いのと、ビジュアルが俺好みなのもポイントが高い。


 そんなヒロインが表紙を飾っているこの漫画。


 手に取っている所を高校の誰かに見つかった暁には、中学時代のトラウマが再来しそうで怖い。

 けれど、あいにくここは学校から電車で片道三十分あるし、今の所この近辺で同じ高校の制服を見たことがないから、多分大丈夫だろう。


 という油断が今回は仇になった。


「田所君、何見てるの?」


 その声に驚いて咄嗟に振り返ると、夏目那月が立っていた。


 いつの間にか背後から俺の手元を覗き込んでいる。


 固まる俺に彼女は「それ、見せて」と手のひらを出してきた。


 既に隠すのが手遅れな状況なのは理解しているので、観念して彼女に漫画を手渡した。


「……」


 じっと表紙を眺める夏目那月。


「こういうのが好きなの?」

「……っ! す、好きっていうか、その、何て言うか」


 俺がしどろもどろになっていると、彼女が横に立って陳列されている漫画を漁り始めた。


 肩が何度も触れ合うほどの距離。

 夏目那月の服装を見ると、学校が終わったせいか、シャツの胸元がだらしなく開き、肌の露出が増しているように感じた。


「ねえ、面白い?」


 彼女は裏表紙のコメントを眺めながら俺に尋ねた後、顔をこちらに向けてまっすぐ見つめてきた。


 顔が近い。

 長いまつ毛がふわりと揺れる。


「ま、まあ。……それなりに」

「そうなんだね」


 彼女はこういったオタク趣味に偏見はないのだろうか。


 普通に会話が成立している。

 

 それどころか、


「どうかな」

「え?」

「真似してみた」


 彼女はバッグからヘアピンを取り出すと、漫画のギャルヒロインの真似をして同じ頭部に付けだした。


「……っ! い、良いと思います」


 女子の容姿を褒めたことがない俺は、かろうじてそう口にするのが限界だった。


 陽キャグループにいただけにノリが良いのかもしれない。


 普通に接してくれる彼女に少し緊張がほぐれてきた。

 

「な、夏目さんはここから家が近いんですか?」


 俺はヘアピンをつけっぱなしの彼女に質問する。


「近くないよ。電車で一時間くらい掛かる」


 それは遠い。


「よくここの本屋には来るんですか?」

「あんまり来ないかな。本屋に入ったのは田所君を窓から見かけたから」

「え?」

「『ふわもこ』のショップに行きたくて」


 『ふわもこ』とは、可愛いマスコットキャラクターを作っている有名な会社で、アニメやコラボ商品になったりして子どもから大人までファンがいる。


「ふわもこ好きなんですね」

「うん。以前友達に勧めてもらってハマったんだ」


 そういえばと、星野明莉もバッグにふわもこグッズをつけていたことを思い出す。


 ……これ以上、余計な詮索をするのは無粋かも知れない。


 確かにグッズショップがこの近辺にあった気はする。


 だけど、


「えっと、多分逆ですね」

「え?」

「最近店舗を移転したんですよ」


 以前は本屋の近くにあったけど、今は最寄り駅から見て、本屋とは逆方向に行かないとたどり着けない場所にあった。


「そうなんだね」


 マップアプリを見ながら不思議そうに見つめる夏目那月。


 移転したのは最近だし、まだ地図が更新されてないのかも知れない。


 俺も念のためショップの情報を公式サイトで調べてみると、やっぱり別の住所が記されていた。


 それよりも気になったのは、『本日、店舗の閉店時間が通常よりも早くなります。』という記載。


 閉店時間は十七時。あと十五分程である。


 仮に道を知ってて今から普通に歩いても、多分十五分は掛かると思う。


 このままじゃ間に合わない。


「また今度来るよ。シャーペンが欲しかったんだけど」


 そう言って諦めようとする夏目那月。


 心なしか残念そうに見える。


 その様子を見て、反射的に俺は口を開いた。


「せ、せっかくここまで来たのに勿体ないですよ」

「え?」

「行きましょう。途中まで案内するんで」

「申し訳ないよ」

「俺も向こうで用事があるんで大丈夫です。ほら」


 と言う事で、急遽二人でふわもこのグッズショップへと向かう事に。

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