第8話 二人だけの昼休み

 ある昼休みのこと。


「田中君、ちょっといい?」


 授業終了のチャイムがなり、教室から出ようとした俺を星野明莉が呼び止めた。


「……田所です」

「あっ、やば! 名前間違えた! ごめんね! 田所君!」

「い、いえ」

 

 そういえば彼女と会話をしたのはこれが初めてな気がする。


 一言で表すなら、明るくて天真爛漫なタイプ、正に『陽キャ』って感じだ。


 俺に一体何の用だろう。


「そ、その~、……なっつんの事、なんだけどさ~」

「なっつん?」

「夏目那月の事だよ」


 どうやら夏目さんは彼女からあだ名で呼ばれているらしい。


 ちなみに当の本人は既に教室にいない。


「い、いやさ? 最近どうしてるかなーって思ってさ」


 どこかぎこちなくそんな事を尋ねてくる星野明莉。


 なぜ俺にそんな事を聞くのだろう。


 疑問符を浮かべる俺の表情を見て察したのか、


「ごめんごめん! いや、ホントなんでもないから!  田所君とよく話してるの見かけてさ~、つい声かけちゃっただけ! マジごめんね!」


 そう言って黒瀬グループのもとに戻っていく星野明莉。


 少し話しただけだけど、彼女も人が悪そうには見えなかった。


 事情は未だに分からないけど、まだ夏目さんと星野明莉の間には溝があるのだろうか。


 彼女が黒瀬グループに戻ると、星野明莉含めメンバーの何人かはこちらを見ながら何かを話している。


 その視線に居心地の悪さを感じてしまい、俺は教室を後にした。


◇◇◇


 購買部でパンと牛乳を買った俺は、屋上へ続く階段の踊り場に腰掛けた。


 実は昼食はいつもここで取っているのだ。


 教室内に響く賑やかな声や笑い声にどうにも馴染めない。


 そうして俺が焼きそばパンの袋を開けて一口齧ろうとした瞬間、


「田所君、いつもここでお昼ご飯食べてるの?」

「え?」


 階下から夏目さんが覗いていた。


 ぼっち飯を見られて戸惑っている中、弁当を持った彼女が階段を登って俺の隣に腰掛ける。


「下で見かけたから」


 どうやら後を追いかけてきたらしい。


「な、夏目さんは普段どこでお昼食べてるんですか?」

「中庭のベンチ」

「そうなんですね」


 ふんわりと漂うバニラの香りが俺の感覚をやんわりと刺激する。


 腰を下ろした際に彼女のスカートの端が少しだけ揺れ、眩しいほどに白い肌がより露わになった。


 俺は目のやり場に困って下を向く。


「……」


 そんな俺を至近距離でじっと眺め続ける夏目さん。


「……えっと、夏目さん?」

「ううん。何でもない」


 最近の彼女は、よく俺をじっと見つめては小首を傾げている気がする。


 ひとまず二人で食事を取ることに。


「それ美味しい?」


 俺の焼きそばパンを見て、夏目さんがそう尋ねてくる。


「えっと、食べてみます?」


 俺は袋から少しはみ出たパンの端っこを彼女に向ける。


 本当はそこから手でちぎって食べてもらおうと思ったのに、


「うん」


 彼女は焼きそばパンにそっと口を近づけ、唇を少しだけ開けると、柔らかなパンをその間にすっと収めた。


「んっ……。おいしいね」


 小さく開いた口にパンが入っていく光景は、何処か色っぽかった。


 俺がドギマギしていると、彼女は手に持っている包みを解いた。


 包みの中から、ピンク色で可愛らしい弁当箱が姿を現す。


 蓋が開けると、黒ゴマを散らしたご飯に、ミニトマトやソーセージ、卵焼き、オクラなど、色とりどりの具材が並んでいて、目にも楽しい一品が広がっていた。


「普段は自分で作ってるんですか?」

「そうだよ」

「す、凄いですね」

「食べてみる?」

「……え?」


 彼女が卵焼きを箸で摘まんで、その先端を俺に向けてきた。


 反射的に俺はそれを口に入れてしまう。


 咄嗟の事に混乱する。


 お構いなしにその箸で食べ物を口に運ぶ夏目さん。


 その光景を眺めながら咀嚼して、ふと気づく。


「……っ! 凄く美味しい」


 卵の甘さがふわっと口の中で広がっては、優しく溶けていく。


 なんか、スーパーとかで売ってるのとは全然違う。


 手作りだからか、すごく温かくて、ホッとする味だ。


 素朴でシンプルなのに、心がほんわかする感じ。


「す、凄いですね。夏目さん」

「……」

「……夏目さん?」

「田所君、いつもここで食べてるの?」

「え? ええ、まあ」

「そっか」


 それ以降、何故か夏目さんもここに来て一緒に昼食を取るようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る