第7話 はじめての二郎系ラーメン

 と言う事で、夏目那月を二郎系のラーメン屋に案内する。


 お金持ってきてて良かった。


 店に到着すると、人気店だからか、入口近くはそれなりの列が出来ていた。


「結構並びそうですね、ほ、他のお店にしますか?」

「私は大丈夫だよ」


 二人で列の最後尾に並ぶ。


 勝手な先入観だけど、彼女が二郎系に来る姿が想像できない。


「夏目さんは、こういった店には来たりするんですか?」


 彼女は首を左右に振る。


「初めて」

「そうなんですね」


 量も多いし、胃もたれしないか若干心配である。


 自分達の番になって店に足を踏み入れると、店員さん達の「いらっしゃい!」という力強い声が店内に響き渡った。


 入口付近の食券機を確認すると、ラーメンや油そば、つけ麺に加え、味玉やチャーシューといったトッピングのボタンがずらりと並んでいる。


「どれがおいしいの?」


 夏目那月が首を軽く傾けながら尋ねてくる。


「やっぱり無難にラーメンですかね」


 俺は食券機の一番上にある、一番大きい『ラーメン』のボタンを指さした。

 これが店の定番メニューだ。


「量は普通でも結構多いんで、夏目さんは小でも良いかもですね」

「そうなんだ」


 俺はラーメンの普通、夏目那月は小ラーメンの食券を買い、それぞれ店員に渡した後、二人でカウンター席に座った。


 店員さんが「硬さはどうしますか?」と聞いてくる。


 俺は彼女に説明する。


「麺の硬さが選べるんですよ。『硬め』とか『やらわかめ』とか」

「田所君はどうするの?」

「俺は硬めですね」

「じゃあ私もそれで」


 しばらく待つと、ラーメンが仕上がる直前に再度店員さんが「ニンニク入れますか?」と聞いてきた。


 俺は店内の壁に貼られたオーダー方法の案内を指差して夏目那月に伝える。


 野菜、ニンニク、背油、カラメ。

 このタイミングで、それぞれ普通、マシ(少し多め)、マシマシ(かなり多め)とトッピングの量をオーダー出来る。

 

「田所君は何にするの?」

「俺は野菜、背油、カラメマシマシですかね」


 普段は全部マシマシだけど、流石に女子の前なのでニンニクはやめておく。


「私もそうしようかな」

「あ、マシマシは結構量多いですよ?」

「そうなんだ。じゃあ、……マシ?」


 そんなやり取りを終えて、ついに出来上がったラーメンが俺達のカウンターに届いた。


 圧倒的ボリューム。

 もやしとキャベツ、背脂が山のように盛り上がり、チャーシューも乗せられて、麺はほとんど見えない。


 夏目那月も俺より少ない量を注文した割には、それなりの量が器に盛られている。


 彼女に箸と蓮華を手渡すと、二人で食べ始める。


  まずは麺を啜り、その後にスープを口に含む。


 豚の深い旨味と、脂の濃厚なコクが口の中いっぱいに広がり、歯ごたえのある麺はスープをたっぷりと吸い込んでいて、まろやかで美味しい。


 隣の夏目那月を見る。


 彼女はふうっと、箸で持ち上げた麺にそっと息を吹きかけている。


 唇から漏れる吐息が湯気と絡み合い、どこか艶っぽさが滲む。


「んっ…」


 小さく声を漏らしながら、彼女も静かに麺を啜った。


 まだ麺の熱さが口の中を刺激するのか、ゆっくり噛みしめるたびに、彼女の頬がほんのりと赤らんでいく。


 熱さに滲む表情がどこか色っぽく、自然と視線を惹きつけた。


 そして彼女は白くて綺麗な喉を鳴らしながら、静かにそれを飲み込んだ。


 そして、


「おいしい」


 一言そう言った。


「よ、良かったです」

 

◇◇◇


 ラーメンを食べ終わった後に店を出て、二人で夜風を感じながら夜道を歩く。


 もうお腹いっぱいだ。一生分食べた気がする。


 辺りはすでに暗く、街中は夜の賑わいに包まれていた。


 俺は自転車で少し学校側に戻るけど、夏目那月は最寄りの駅から帰るので、せめてそこまでは安全に送り届けようと思った。


 二人で歩く中、彼女が口を開く。


「凄く楽しかった」

「え?」

「今日田所君と一緒に遊んで」


 驚いた俺は横で並んで歩く彼女の顔を確認する。

 相変わらず表情が読めない。


 今日の出来事は遊んだ内に入るのだろうか。


 いや、俺が気にしてるのはそこじゃない。


 『凄く楽しかった』


 久しく誰かにそんな事を言われたことがなかったからか、心に何か染みわたるモノがあった。


 俺が動揺していると、


「そうだ。これ」


 彼女はバッグから、ふわもこショップで購入したクロミーのシャーペンを取り出して俺に手渡してきた。


「今日はありがとう」


 そう言う彼女から俺はシャーペンを受け取る。


「……え、でもこれ。誰かにあげるんじゃ」

「田所君用に買った」

「そ、そうなんですか?」


 シャーペンのてっぺんにクロミーのキャラクターの立体フィギュアが付いている。


 学校で使えるかなんて実用性はどうでもよくて、とにかく嬉しかった。


「……ありがとうございます。大切にします」

「ただのシャーペンだよ」


 そんなやり取りをしていると、最寄り駅に到着した。


「じゃあまた学校でね。田所君」

「……っ! 夏目さん!」

「?」


 駅に向かおうとする彼女を俺は呼び止めた。


 少し距離が離れた彼女に言う。


「た、大切な人に渡せると良いですね!」

「え?」

「ミルフィのシャーペン!」


 俺はショップで一生懸命シャーペンを品定めしていた彼女の姿を思い出す。


 あれだけ他人を大切に出来る人が報われないなんて絶対におかしいから。


「……ありがとう」

「いえいえ! じゃあまた学校で!」


 俺は軽く会釈をした後踵を返して、自転車に跨って走り去った。


 だから、後ろで彼女が何をしていたのか気付けなかった。


「……あれ?」


 胸に当てた手でショップの袋をキュッと軽く握りながら、小首をかしげて俺のことを見つめ続けるに。


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