第16話 もっと聴きたい

「田所君さ! どうなの? 最近」

「……え?」


 昼休み前の掃除中、階段当番で一緒になった星野明莉が突然そう尋ねてきた。


 漠然とした質問に俺が固まっていると、


「なっつんとの事だよ! 仲良さそうじゃんね! 本当よく一緒にいるの見るよ?」


 陽気に笑いながら彼女がそんな事を尋ねてくる。


 彼女の声量が大きいから、周囲の生徒に聞かれていないか不安だ。


 俺は先日の夏目さんとの駅でのやり取りを思い出して、言葉に詰まった。


「と、特に、何も」

「へえ~、ほんとに~?」


 星野明莉が冗談交じりに絡んできた。


「ほ、星野さんはどうなんですか?」

「ん? 何が?」

「……夏目さんと」


 この日初めて俺は、彼女達の関係性に踏み込んだ。


 もし、夏目さんが星野明莉や黒瀬グループとの間に何かしらの亀裂が生じて孤立してるのなら、仲直りして欲しかった。


 すると、


「え、何が?」


 星野明莉が不思議そうな表情で俺を見てきた。


「さ、最近、夏目さんと星野さんが話してる感じがしないって言うか」


 俺がそう言うと、彼女は陽気に笑った。


「え、田所君、そんな風に見てたの? いやいや、全然そんなことないよ!」


 気にも留めない様子で、楽しそうに返してくる星野明莉。


 チャイムが鳴った。

 

「あ! 戻ろっか!」


 踵を返して教室に戻る星野明莉の表情に、一瞬寂しさが垣間見えた気がした。


 コミュ障だから本当の所は分からないけど、俺は煙に巻かれた気がした。


◇◇◇


 昼食の時間。


 いつもの踊り場に夏目さんの姿がなかった。


 星野明莉の言う通り、俺の考えすぎだったのだろうか。


 今頃夏目さんは黒瀬グループと一緒にいるのかも知れない。


 寂しさが残るけど、それならそれで良いと思った。


 一人の時間を持て余した俺は、ポケットから有線イヤホンを取り出して、アニソンを聞き始める。


 聞いているのは、アニメ『ひかりのノート』のオープニングテーマだ。


 『ひかりのノート』は、男子高校生の主人公が、恋心を抱いている感情の読めない幼馴染と、高校進学を機に関係が進展していく青春恋愛物語である。


 アニメの爽やかさを反映させた曲調や、登場人物心情を写した歌詞が魅力的で、最近凄くはまっている。


 何度もリピートして、スマホを凝視しながらパンを食べていると、


「田所君、何聴いてるの?」


 いつの間にか夏目さんが隣から覗いていた。


「……ア、アニソンです」


 見られたことに戸惑っていると、彼女が隣に腰掛けてきた。


 すぐそばに感じる彼女の存在。


 滑らかで艶のある美しい白い足が視界に映る。


 彼女が足を動かすと、布の擦れるわずかな音が耳を刺激した。


「聴いても良い? イヤホン片耳貸して」


 囁くように耳元でそう言うと、夏目さんは俺の方耳からイヤホンを取って、自分の耳に付けた。


 そのまま数十秒聴いていた彼女が、俺の方を向いて薄く口を開く。


「これ、……凄く好き」


 甘い吐息が顔に触れる。


「良いね」

「よ、良かったです」


 曲が終わっても夏目さんは俺から離れようとせず、そのまま昼食を取り始めた。


 俺を見つめてくる夏目さん。


「他にはないの?」

「え?」

「もっと聴きたい」 


 俺は、音楽プレーヤーからお気に入りのアニソンリストを選んで、一括再生する。

 

 順番に流れる音楽の中、静かに昼食を取る俺と夏目さん。


 そうして食べ終わった頃、ふいに切なくもロマンチックなメロディと歌詞が流れ出した。

 別のラブコメ作品のエンディングだ。


 『愛してる』、『ずっと一緒にいたい』。

 そんなフレーズが何度も耳に入ってくる。


 音楽を止めたら逆に気まずいだろうか。

 そう思って俺が固まっていると、


「……っ! な、夏目さん?」


 彼女が俺の肩に頭を乗せてきた。


 甘い香りと柔らかなぬくもり、静かな息遣い。


 驚いて彼女を見ると、


「……すう」


 彫刻を思わせる美しい寝顔がそこにあった。


「……ん」


 眠りの中、喉が静かに動いて、柔らかな息と共に唾を呑み込んだ。


 ほんの数センチ先にある潤んだ唇に思わず目を奪われる。


 ……疲れていたのかもしれない。


 俺は授業が始まるまでの時間、その場から動かずにずっと音楽を聴き続けていた。

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