第15話 まだ電車来ないから

 二人で晩御飯を食べたのち、あまり遅くなってもいけないので、夏目さんを最寄りの駅まで送りに行く。


 夜風に当たりながら、二人並んで静かに歩いた。


 ふとした拍子に何度も触れる彼女の手。

 気付かないフリをしながらも妙に意識してしまう。


「な、夏目さんって、いつから料理を始めたんですか?」


 ふと気になった事を彼女に尋ねてみた。


 彼女の表情は変わらない。


「中学二年生から」

「そ、そうなんですね。そこから好きになったんですね」


 沢山料理を作ってきたのだろうか。


 だとしたら、あのおいしさにも頷ける。


 そんな事を考えていると、


「本当はあまり、好きじゃなかったんだけど」

「え、そうなんですか?」

「うん。友達がよく美味しいって言ってくれたから」

「友達?」

「そう、よく作ってあげてた」


 どこか懐かしむように遠くを見つめる夏目さん。


 その優しくてほっこりした理由に、思わず少し微笑んでしまう。


「な、なんだか凄く夏目さんらしい理由ですね」

「え?」

「相手の事を考えて、思いやってる内に、自然と知識が増えたり、腕が上がったり」

「……」

「その人も、……凄く喜んでたんじゃないかな」


 会った事はないけれど、先ほど彼女がくれた温かい気持ちをその人に重ねて、そう思った。


「そうなのかな」


 彼女は一言、そう呟いた。


 それは謙遜ではなく、本当に理解していないように俺には聞こえた。


 まるで自分の価値を理解してなくて、自分に自信が持てない、何処か悲しそうな声音。


 俺の思い込みかもしれない。


 でも、もし本当に彼女自身がそう思ってるなら、そんな事絶対に思って欲しくなかった。


「な、夏目さんは、夏目さん自身が思ってる以上に凄く……素晴らしい人だと思います」

「え?」


 言いかけた『素敵な人』という言葉をギリギリで飲み込む。


「じ、自分で気付いてないだけで、俺も嬉しかったり、救われたりすることが何度もあって。今日作ってくれた晩御飯もそうですよ」

「……」

「な、夏目さんの存在は、皆が凄くありがたがってると思います」


 俺がそう言うと、夏目さんは小首を傾げた。


「……皆?」


 ふわりと揺れるまつげ、輝く瞳が俺を捉える。


 後になって振り返ってみると、彼女の疑問が何を差しているのか、いくらでも解釈が出来たけど。


 それでも、ぼっちであることを突かれたと思った俺は、咄嗟に焦ってこう答えた。


「す、少なくとも俺は、そう、……思ってます」


 変な事を言ってしまっただろうか。


 ぼっちの俺一人だけの発言じゃ、何の信憑性もないのに。


 しばしの沈黙のあと。


「……ありがとう」


 気を使ってくれたのか、夏目さんがそう返してくれた。


 歩きながら再度、彼女と手が触れた。


◇◇◇


 夏目さんと無事に駅まで辿り着いた。


 後は彼女を見送るだけだ。


「な、夏目さん。今日は、ありがとうございました」

「私も、ありがとう、田所君」

「……え?」


 俺はお礼を言われるような事なんて何もしていない。


 疑問を感じる俺に、


「……こういう事、なんだ」


 何処か腑に落ちた様子の夏目さん。


 そのまま二人で、無言で立ち尽くす。


 言葉に出来ないほどの名残惜しさが胸に残る。

 心の奥底で、何かがざわつく。


 それでも、ここでこのまま立っている訳にはいかない。


「じ、じゃあ、また明日」

「……うん」


 俺がぎこちなくそう言うと、彼女は踵を返して、改札口へと歩き出した。


 夏目さんの後ろ姿が見えなくなるまで、見送るのは変だろうか。


 そう思って俺も踵を返して少し歩いた所で、


「……え?」


 背中に何かが軽く当たった。


 驚いて振り向くと、夏目さんの頭があった。


「まだ、電車、来ないから」


 揺れる前髪に隠れて、その表情を見ることは出来ない。


 か細く震えて、上ずる彼女の声。


 服ごしに伝わるぬくもりが、体の奥に染みこんでくる。


「そ、……そうなんですね」


 それから次の電車が来るまで、俺は夏目さんと一緒にベンチに座って静かに過ごした。

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