第52話 夏休み
高校生になって初めての夏休みを迎えた。
外のセミの鳴き声と蒸し暑さが、夏がやってきたことを明確に伝えてくれる。
かと言って、これまでぼっちの俺は特に季節に合わせて何かを自発的に行ってきた訳ではないのだけれど。
ただ、今年は違った。
俺のスマホが振動する。
夏目さんからのメッセージだ。
『(夏目)今どこにいるの?(*´ω`*)』
『(田所)もう着いてますね』
『(夏目)そうなんだね。すれ違ったかな』
そんなやり取りをしつつ、俺は周囲を見渡す。
視線を右往左往させていると、
「いた。おはよう、田所君」
「お、おはようございます。夏目さん」
私服姿の夏目さんが話しかけてくれた。
ロゴの入った黒のTシャツに白いショートパンツを履いた、シンプルでカジュアルな服装だけれど、スタイルの良い夏目さんが着る事で、不思議と洗練された雰囲気が出ている。
つまるところ、彼女は何を着ても似合ってしまうのだった。
「じゃあ、いこっか」
「そ、そうですね」
俺達は並んで歩き出し、目的地の図書館へと足を踏み入れた。
なぜここに足を運んだのかというと、結論、夏休みの宿題をするためである。
最初の方で一気に終わらせて、残りの日数を二人で満喫することに決めたのだ。
これまでの俺だったら、ずっと家に引きこもってアニメ観て、宿題なんて最終日直前に着手するものだったから、こうして彼女と一緒にいるだけで、何もかもが新鮮だった。
二人で図書館内の空いているテーブル席に並んで座ると、早速教材を広げて勉強を始める。
そして、物静かな空間の中、俺は数学の教材から着手してみるけれど、中々進まない。
「一次関数の座標の求め方で詰まってるの?」
「……え、ええ」
「こうやって整理すると、分かりやすいよ」
そう言って夏目さんが隣から助け舟を出してくれる。
「ここはこうすれば、良いんだよ」
「……な、なるほど」
彼女が途中式を俺のノートに書き足していく。
そして、至近距離の中、ふいに彼女と目が合う。
しばし彼女と見つめ合って、僅かな高揚感が湧き出る中、夏目さんが口を開いた。
「……駄目」
「……え?」
「今は、まだ。やりたいこと全部、宿題を終わらせてから」
そう言って瞳を伏せる夏目さん。
俺に言ったのか、自分に言い聞かせたのか、俺が戸惑う中、
「分からない事があったら聞いて」
「あ、ありがとうございます」
夏目さんはそう一言言うと、再度自分の勉強に戻ってしまった。
改めて俺も自分の勉強に戻る。
正直に言うと、俺はテスト前は一夜漬けで乗り切るタイプだった。
ほとんど暗記で乗り越えてきたから、基礎知識なく応用問題にぶつかると、一気に行き詰ってしまう。
夏目さんはしっかりしてるから、本当は一人でも黙々と彼女は宿題を片付けてしまうのだろう。
今のこの時間は、間違いなく彼女が俺をフォローしてくれている時間だった。
分からない箇所を聞くのは抵抗があるけれど、時間を作ってくれた彼女にそれをするのは凄く失礼だ。
「……な、夏目さん」
「どうしたの?」
「こ、ここの解き方ってこれであってますか?」
「えっと、ここは__」
俺が何を聞いても、彼女はそんな俺を受け入れてくれて、丁寧に一つ一つの疑問に答えてくれた。
自分で解ける所は頑張って説いて、分からない所を彼女へ聞いている内に抵抗感が薄れてきた。
次第に何故か勉強が楽しいって思い始めた頃、少し二人で休憩する事に。
「な、夏目さんってやっぱり、凄くしっかりしてますよね」
「そんな事ないよ」
自販機の前で二人でジュースを飲みながら、俺はふと彼女にそう言った。
「多分、家が少し厳しかったから」
「そ、そうなんですね」
「うん」
俺は先日彼女の家にお邪魔した時の事を思い出していた。
高価そうな家具や壁紙、上品で隅々まで手入れの行き届いた空間。
言い換えるなら、そこには、確かに厳格さが漂っていたようにも見える。
だからこそ、気になる事もある訳で。
「そ、それでも、夏目さんのご両親は、髪を染めるのを認めてくれたんですね」
彼女の綺麗なアッシュ系のロングヘアを見ながらそう言った。
「うん。今は、……何も言わないかな」
何かに浸るようにぽつりとつぶやく夏目さん。
その様子が若干気になっていたけれど、
「勉強、再開しよっか」
「そ、そうですね」
やがて席に戻りながら、その考えも霧散していった。
◇◇◇
家に帰ってからも宿題に着手しつつ、彼女と勉強会を開く日々が数日続いた。
そしてついに、
「終わったね」
「お、終わりましたね、ありがとうございます。夏目さん」
俺は夏目さんの多大なる協力のもと、宿題を終わらせることが出来たのだった。
夕方に図書館を出て、並んで最寄りの駅を目指す中、
「田所君が、頑張ったからだよ」
「……っ!」
夏目さんがそっと俺の頭を撫でてきた。
彼女の手のひらの温もりが伝わってきて、凄く心地よかった。
しばらく撫でた後、腕に絡みついてきた夏目さんを見て、俺は何を想ったのか、
「……え?」
彼女の頭を逆に撫でていた。
「な、夏目さんが、俺に勉強を教えてくれたから」
最近の彼女を見ていると、凄く愛おしく感じてしまう。
このスキンシップが合っているのか不安になっていたけれど、何も抵抗もせずに安心した表情をする夏目さんを見て、俺は安堵した。
そして、
「……っ!」
夏目さんが更に俺に強く抱き着いてくる。
そして耳元に顔を近づけて、上ずった声で彼女が告げてくる。
「もう、我慢しないで、良いよね」
「……え?」
「これでいっぱい、したい事が出来るから」
「そ、そうですね」
「ねえ、田所君は、……何がしたいの?」
吐息のかかる距離で俺を見つめてくる夏目さん。
「いっぱい、好きな事しよ? 田所君のしたい事、……何でも言って良いから」
そうして、俺達は、人気のない細い路地で、唇を重ね合わせたのだった。
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