第51話 少し寝ても良い?

 こうして俺と夏目さんは付き合う事になった。


 夏目さんが彼女になった事に、正直実感が湧いていない。


 夢の中にいるような、現実離れした感覚に浸りつつ、花火大会明けもまだ夏休みまでは数日残っているので、普段通りに学校へと登校する。


 黒瀬グループには、夏目さん自身が大人数の人付き合いで無理していたことを伝えて、今は彼らの輪に入るのはお休みしている状況だ。


 夏目さんと星野さんの関係性は、今も続いていて、これまでの溝を埋めるように、徐々にお互いの信頼を取り戻そうとしている。


 そして俺達の関係性も、学校で表立ってやり取りが変わったわけでも、付き合ったことが学校中に周知されたわけでもない。


 夏目さんは星野さんに少し話したみたいだけれど、彼女は配慮してくれてるのか、その話題を何処にも提供していないようだった。


 言ってしまえば、表向きはこれまでと変わらない日常だ。


 変わった事があるとすれば、俺達が二人でいる時である。


 第一に、夏目さんとの距離が近くなった。


 二人で過ごす時はいつも、常にお互いの体の一部が密着しているような状況だ。


 いつもの階段の踊り場で昼食を取っている時も、常に二人で密着して過ごしている。


 嬉しいけれど、食べにくいんじゃないかなと思ったり。


「ポテトサラダ作ってみた」

「た、食べて良いんですか?」

「うん。田所君、好きって言ってたから」

「う、嬉いです。いただきます」


 夏目さんのその言葉に満たされるモノを感じながら、作ってくれたポテトサラダを箸でつまんで口に入れる。


 咀嚼すると、マヨネーズの酸味と四角く切られたジャガイモやニンジン、枝豆の歯ごたえのある食感が混ざり合って、とても飽きさせない味になっていた。


「ん! お、美味しいです!」

「良かった」


 頬を赤めて潤んだ瞳で見つめてくる夏目さん。

 彼女の頭が俺の肩にそっと乗った。


「ねえ、もっと食べて」

「い、いただきます」


 緊張しながら箸を進めると、


「口、ついてる」

「え?」

「動かないで」


 夏目さんが俺の頬にそっと手を添えると、彼女の方に顔を向けさせた。


 直後、俺の口の端についてしまったマヨネーズに、彼女が艶やかな唇をつける。


 甘い香りと、生暖かい温もりが、俺の肌を撫でた。


 つまり、ほぼキスに近い事をしてしまったわけで。


「……美味しいね」


 俺からゆっくり離れた夏目さんが、ぺろりと舌を出しながらそう呟いた。


 そして第二に、彼女の俺に対する行動に、どこか遠慮のなさというか、より積極性が増した様に見える事だ。


 ドギマギしながら昼食を終えて、夏目さんの残りの昼休みのひとときを過ごしていると、夏目さんは軽くあくびを我慢して涙目になった。


「食べた後だし、田所君といると、居心地が良いから」


 そう言って彼女は再度俺に抱き着くと、


「ねえ、田所君。甘えて良い?」


 そう尋ねてきた。


「ど、どうぞ」


 俺がそう言うと、夏目さんが俺の膝の上に頭を乗せてきた。


 遠慮なく気持ちを吐き出して頼って欲しい、甘えて欲しい、そう彼女に伝えてからは、徐々にこうしたやり取りも増えてきた。


「……ん」


 猫みたいに小さく丸まりながら、より甘えるように全身を俺に寄せてくる。


 その際に、シャツの胸元やスカートが動いて、白くて綺麗な肌がより無防備に露わになった。


 緊張して固まる俺などお構いなしに、彼女のその様子に一切の警戒心はなく、全てを俺にゆだねているようにも見える。


 規則正しく聞こえる彼女の息遣い、その度に膨らむ胸元、擦れるように動く綺麗な両足。


 意識しないようにしていると、


「ねえ、田所君」

「な、何ですか?」

「撫でて、欲しい」


 夏目さんが上目遣いでか細くそう呟いた。


 働かない頭で、言われた通りに彼女の頭に手を添える。


「……ん」


 瞬間、夏目さんの体がぴくっと震えた。


 これで良いのだろうかと、彼女の艶やかな髪の毛をそっと撫でた。


「凄く、気持ち良い」


 満足そうに目を瞑る夏目さん。


 そのままスヤスヤと寝息を立ててしまった。


 ここまで身を委ねてくれていることに満たされるものを感じながら、授業に遅れないようにとも考える。


「夏休みは、どうしようかな」


 彼女との未知で色褪せない日々を想いながら、俺の口からそんな言葉がぼそっと口から洩れたのだった。

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