第25話 一緒に寝ても良い?

 俺がお風呂から上がると、時刻は深夜一時を回ろうとしていた。


 夏目さんにはこれ以上負担を掛けたくないので、早く寝る準備を整える。


 俺のベッドはクッション性のパッドの上に布団を敷くタイプだ。


 普段敷いている俺の布団を床に移し、代わりに来客用の布団を乗せて、そこを夏目さん用のベッドにした。


「……っ! な、夏目さん?」


 俺が床の布団に座り込むと、夏目さんはベッドに腰掛ける事なく、俺の隣に身を寄せて座ってきた。


 肩越しに彼女の柔らかさや、温もりが伝わってくる。


「眠るまで、……こうしてたい」


 甘えるようなか細い声音が耳を刺激して、胸が高鳴った。


 静寂な空間に、時計の秒針が動く音と、彼女の息遣いだけが聞こえてくる。


 俺は口を開いた。


「な、夏目さんには、……感謝しても仕切れないです」

「……え?」

「今日一日だけでも、どれだけ救われたか」


 中学時代のトラウマを受け止めてくれて、ご飯を作りに来てくれて、オタク趣味を肯定してくれて、あまつさえ一緒に楽しんでくれて。


 彼女に何を返せば良いのか分からないくらい、沢山の優しさを貰った。


 俺がそう言うと、前髪で表情が見えない彼女が囁くように返事をする。


「大した事してないよ。それに、私の方が、いっぱい貰ってるから」

「……え?」

「筆記用具を貸してくれた」

「い、いえ、それこそ全然大したことじゃ__」

「一緒に準備運動のペアになってくれた」

「……」

「シャーペンを買いに付き合ってくれたり、つらい時に励ましてくれたり」


 夏目さんは俺の肩に静かに頭を乗せると、甘えるように優しく額をこすりつけてくる。


「……凄く、嬉しかった」


 彼女の言葉を聞いて、胸に温かいものを感じた。


 夏目さんが俺の方に顔を向けると、潤んだ瞳と視線が交わった。


「田所君が気付いてないだけで、私も、……沢山のモノを、貰ってるから」

「……あ、ありがとうございます」


 彼女がそう言ってくれたのは、素直に凄く嬉しかった。


 本当に俺は彼女の何か、力になれたのかも知れないと思えたから。


 それでも、


「でも、もっと、俺は、夏目さんの力になりたいから」

「……」

「な、何か悩みとかあったら、言って欲しいです」


 以前は好き嫌いとか、困りごととか何でも教えて下さいってぼかしたけど、今回はストレートに悩みはないか彼女に尋ねてみた。


 すると、


「大丈夫だよ」


 彼女はそう言って、再度俺を安心させるように肩に頭を乗せてきた。


「……ほ、本当ですか?」

「……うん、ありがとう」


 本当に悩んでいないのか、彼女なりに気を使っているのか。


 これ以上踏み込んで良いのか俺が悩んでいると、


「……二時に、なったね」

「え?」

「時間」


 机の上の時計に目を向けると、時刻はちょうど二時を示していた。


 自分の気持ちばかりで、彼女の負担を考えていなかった事を反省する。


「そ、そろそろ寝ましょうか」

「……うん」


 名残惜し気に聞こえる彼女の声を聞きながら、お互いに布団を被って電気を消して、静かに横になった。


 薄暗い部屋の中で、俺は目を閉じる。


 でも、いくら時間が経っても眠れなかった。


 名残惜しい気持ちは、俺も同じだったから。


 もっと彼女と話したかった。

 分不相応にも、もっと触れたいとさえ思ってしまった。


 高ぶる気持ちを押さえて、早く寝てしまおうと考えていた時、


「……っ! え、な、夏目さん?」


 夏目さんが、ゆっくりと俺の布団に潜り込んできた。


「……ごめんね、田所君」


 そう言った彼女の細くてしなやかな指先が、俺の背中をそっと撫でた。

 背中に額をくっつけ、少し冷たくなった足を俺に絡ませてくる。


 彼女の吐息と体のぬくもりが、少しずつ俺に染みこんでくる。


「一緒に寝ても、良い?」


 そう吐息交じりに耳元で囁いてくる夏目さん。


「……だ、大丈夫です」

「ありがとう。田所君の体、凄く温かくて、……気持ち良い」


 俺が緊張する中、彼女は言葉を続ける。


「ねえ、……もう、寝る?」

「ま、まだ、眠れないですね」

「もし眠れなかったら、このあと、どうしよっか」

「……え?」


 夏目さんが俺の耳元で囁く。


「田所君の好きな事、……何でもして良いよ。もっと、……知りたいから」


 その夏目さんの囁きに俺が固まってから、どれくらい経っただろうか。


 気づくと、


「……すぅ」


 彼女の息遣いは寝息に変わっていた。


 その状況に最初は緊張していたけれど、次第に彼女の温もりと心地よさが伝わってきて、俺も気づけば眠りに引き寄せられていった。

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