第2話 少し、休憩かな
そんな夏目那月との初のやり取りが、短期記憶から即座に抹消される話じゃなくなったのは、それ以降何度も似た状況を重ねる機会があったからである。
というのも__、
「田所君って、何でいつもそんなに移動教室早いの?」
二人きりの音楽室にて。
隣に四席分離れた場所から、夏目那月がそう尋ねてきた。
「え、……何でって」
俺は言葉に詰まる。
ぼっちな自分が惨めになるからなんて言えない。
「その、静かな空間が好きというか」
嘘は言ってない。
中学時代のトラウマから、教室の周囲の会話が俺の悪口かもって不安になる事が未だにあるし。
「そうなんだ」
表情に特別な変化はなく、彼女は俺の言葉に小さく頷いた。
「分かる」
分かったらしい。
こんな感じで、彼女は俺が初めて話して以来ずっと、美術室、家庭科室、視聴覚室など、もろもろの移動教室に足早に訪れていた。
この一週間は俺と夏目那月の一位二位争いである。
「……どうして夏目さんは早く来るんですか?」
「ん?」
今度は俺がオウム返しでそう彼女に尋ねた。
すると彼女は何故か席を立った。
そして俺の席まで歩いてくると、無言で隣に腰掛け、琥珀色の瞳で俺の事をじっと見つめてきた。
髪の毛が微かに俺の肩に触れる距離。
俺は彼女から咄嗟に視線を外す。
視界の隅には、彼女の短いスカートの下から滑らかな太ももが覗いている。
正直、夏目那月の恰好はいつ見ても俺の目には毒だった。
いまだにどこをみて話せばいいか分からない。
急な出来事に心拍数が上がる。
何だこの状況。
そして彼女は潤んだ唇のほんのわずかな隙間から、甘く低い声を漏らした。
「ごめんね、何て言ったの?」
どうやら俺の声が小さかったらしい。
受け身で応えるよりも、主体的に話しかける方がコミュ障には度胸がいるのだ。
「い、いや、どうして早く来るのかなって」
俺が改めて尋ねると、彼女は少し首を横にして、
「少し、休憩しようと思って」
そう口にした。
「そうですか」
疲れているのだろうか。
俺から聞いといてなんだけど、正直に言うと、多分これじゃないかなって俺の中での憶測はあった。
それは最近の教室の雰囲気を見ていると、何となく察しがつくことだった。
夏目那月は最近、黒瀬のグループの輪の中にあまり混じっていない。
クラスメイトの状況に疎いぼっちの俺には、具体的なやり取りまでは分からない。
大雑把に言えば人間関係のトラブルかも知れないし、そもそもそれすら俺の検討違いかもしれないけれど。
「分かります。そうしたい日も、ありますよね」
俺は自分の境遇を重ねて彼女にそう言っていた。
彼女の反応を見る間もなく、クラスメイト達がぞろぞろと音楽室に入ってくる。
夏目那月も自分の席に戻るために席を立つ。
そして授業が始まる。
その間、彼女が俺の方を少し見てる気がしたけど、たぶん気のせいだと思った。
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