第1話 超絶美少女ギャル
『今年の新一年生でとんでもない美少女が入学してきた』
入学式以降、校内でその噂は瞬く間に広がり、今ではすれ違った男子が十人中十人は振り返ると言われている夏目那月。
均整の取れた目鼻立ち、毛先がゆるく巻かれた艶やかなアッシュ系のロングヘア。
前髪は少し崩した無造作なスタイルだけど、その下から覗く琥珀色の瞳は、意外にも相手の話をしっかり聞いていそうな知性を感じさせる。
服装はピンク色のカーディガンを肩に無造作に羽織り、制服のシャツはルーズに着崩している。
極めつけは軽くリボンで結ばれただけの開いた胸元に丈の短いスカート、そこから伸びる白くて長い脚と黒のハイソックス。
通称、“絶世の超絶美少女ギャル”。
俺とは明らかに住む世界の違う住人だった。
ちなみに普段の彼女はクラスのリーダー的存在である黒瀬 蓮(くろせ れん)率いる美男美女揃いの陽キャグループに属している。
なので、教室にいるグループを差し置いて真っ先に実験室に来ていた彼女を俺は不思議がった訳である。
まだ他に誰も来ていない静かな実験室。
俺にとってはいつも通りの空間のはずなのに、どこか気まずい。
それは、隣で俺の鼻孔をくすぐる甘いバニラの匂いを放つ彼女の影響なのは明らかだった。
とはいえ特に会話することもない。
当然だ。ただでさえ人間と話すのが怖いのに、ギャルみたいなコミュ力上位種と俺みたいな陰キャコミュ障が話せる訳がない。
しばらく俺が固まっていると、
「……あれ?」
夏目那月がぼそっとそう呟いた。
そしてキョロキョロとテーブルの上を漁ったり、下の収納スペースを確認しだした。
何かを探しているのだろうか。
見ていると、彼女と目が合った。
「筆記用具、忘れちゃったみたい」
何故かそう俺に語りかけてくる夏目那月。
「……これ。良かったら」
「え?」
俺は彼女のテーブルにシャーペン一本と消しゴム一個を置いた。
「でも、申し訳ないよ」
「全然。まだまだあるので」
寧ろ、無駄に筆箱の中にモノが在りすぎて困ってたくらいだ。
俺がそう言うと、
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう。えっと、……田原君?」
「……田所です」
「ごめんね。田所君」
なんだろう。このどことなくゆるくマイペースな感じ。
ギャルだし、陽キャグループに属してるし、もっと高飛車な性格を想像してたんだけど。
そんな事を気にしつつも授業が始まり、あの夏目那月が俺の筆記用具を使ってる光景に若干ドキドキしながら、無事授業を終える。
俺がそそくさと教室に戻ろうとすると、すぐに後ろから肩をタップされた。
「ねえ、田所君」
見ると、すぐ近距離に夏目那月の姿があった。
薄いピンクのグロスで彩られた唇と、開いた胸元に思わず目が行く中、
「これ、ありがとう」
彼女が俺のシャーペンと消しゴムを手渡してきた。
「えっと、もう、大丈夫ですか?」
「うん。…………もう大丈夫」
今の間はなんだ。
「他の人に借りるから」
そんな事を言う夏目那月。
そもそも学校に筆記用具を忘れたらしい。
「今日一日貸しますよ」
「でも」
「全然大丈夫ですよ。っていうかあげますよ。沢山あるので」
「もらうのは流石に。じゃあ、今日一日だけ借りても良い?」
「大丈夫です」
俺はそう言うと、会釈しながら教室に戻る。
これ以上は話すことがないから会話が詰まる前にそそくさと退散した。
「ありがとう、田所君」
これはただの一クラスメイトに筆記用具を貸しただけの、本来記憶にも残らない様な他愛もない話。
この時の俺はそう思っていた。
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