第5話 霊力の共鳴

 朝もやの立ち込める訓練場で、俺は凛を待っていた。昨日の約束通り、特訓の時間だ。まだ朝の5時。普段なら生徒が誰もいない時間帯だ。


「お待たせしました、先輩」


 振り返ると、凛が小さな声で挨拶していた。髪を一つに結び、動きやすい服装に身を包んでいる。


「よく来たな」


 俺は微笑んだ。


「準備はいいか?」


 凛は少し緊張した様子で頷いた。


「はい……でも、本当にいいんでしょうか。私なんかに時間を割いていただいて……」


「俺の前で、私なんかって言うの禁止な」


 俺は唇の端を上げてニヤリと笑う。


「君には特別な才能がある。それを伸ばすのは俺の役目だ」


 凛は少し驚いたような顔をしたが、すぐに小さく微笑んだ。


「さて、まずは君の力を確認しよう」


 俺は訓練場の中央に立った。


「ここに、俺の霊力を少し漂わせる。賢樹さんには何が見える?」


 俺は静かに目を閉じ、周囲に淡い霊力を放った。普通の人には見えないはずの、ごく微量の霊力だ。


 凛は目を凝らして俺を見つめた。そして、突然目を見開いた。


「青い……風のようなものが見えます」


 凛は驚いたように言った。


「そして、その風の中に、小さな光の粒が舞っているように……」


 俺は驚いて目を開けた。そこまで見えるとは思わなかった。


「すごいぞ、賢樹さん」


 俺は本心から褒めた。


「普通、これほど微細な霊力の動きは見えないんだ」


 凛は少し照れたように俯いた。


「そんな……大したことじゃ……」


「いや、大したもんだ」


 俺は真剣に言った。


「君の霊視能力は尋常じゃない。問題は、それをどう活かすかだ」


 凛は不安そうに俺を見上げた。


「どうすればいいんでしょうか……」


「まずは、賢樹さん自身の霊力を感じ取ることだ」


 俺は凛の隣に立った。


「目を閉じて、自分の中にある力に集中してみろ」


 凛は言われた通りに目を閉じた。しばらくすると、彼女の周りに薄紫の霊気が漂い始めた。


「なるほど。これは、すごい……」


 俺は思わずつぶやいた。これほど純粋な霊力を持つ人間を見たのは初めてだ。


「先輩?」


 凛が不安そうに目を開けた。


「私、何か変なことしてしまいましたか?」


「いや、むしろ驚くほど上手くできている。高山……あっと、俺のクラスメイトが賢樹さんたちの霊力操作の授業を見たときに、見たことない技をやっていたって聞いてたけど、期待以上だね」


 俺は笑顔で答えた。


「君の周りに、美しい紫の霊気が漂っているぞ」


 凛は驚いた顔をした。


「私にも見えます……薄紫の光のようなもの……」


「そうだ」


 俺は頷いた。


「それが君の霊力だ。次は、それを操る練習をしよう」


 俺たちは、霊力を小さな球状に凝縮する練習から始めた。凝縮、分割、延伸、形状変化。1年生の授業ではやらないようなレベルまで、凛は驚くほど早く上達した。


「よし、次は……」


 俺が次の課題を言おうとした時、突然凛が倒れそうになった。


「おっと、大丈夫か?」俺は慌てて凛を支えた。


「はい……ちょっと、めまいが……」


 凛は弱々しく答えた。


「悪い、見誤った」


 俺は申し訳なくなった。


「霊力を扱い続けるには、体力がいるんだった。休憩を取ろう」


 俺たちは訓練場の端にある木陰に座った。朝日が昇り始め、辺りが明るくなってきている。


「ねえ、先輩」


 凛が小さな声で呼びかけた。


「ん?」


「どうして……私のことを、こんなに親身になってくれるんですか?」


 俺は少し考えてから答えた。


「君には特別な才能がある。それを無駄にしたくないんだ。退魔師は質も量も足りてないから。それに……」


「それに?」


「賢樹さんが苦しんでいるのを見過ごせなかったんだ。人の中に入れないって周りが思っている以上に辛いんだよな。そんな辛い状況にいる後輩を見て、手を貸さないわけにはいかないだろ」


 俺は正直に言った。


 凛の目に、涙が浮かんだ。


「ありがとうございます……」


 その時、俺は気づいた。凛の周りの霊気が、俺の青い霊力に反応しているのを。まるで、二つの霊力が共鳴しているかのようだ。


「賢樹さん、感じるか?」


 俺は静かに尋ねた。


「俺たちの霊力が……」


 凛も気づいたようで、驚いた顔をした。


「はい……なんだか、温かい感じがします」


 俺は不思議な感覚に包まれた。これが、霊力の共鳴だろうか?聞いたことはあったが、実際に経験するのは初めてだ。


「よし、もう少し練習しよう」


 俺は立ち上がった。


「この感覚を大切にしながらな」


 凛も頷いて立ち上がった。その顔には、さっきまでなかった自信が見えた。


 特訓は正午近くまで続いた。凛の上達は目覚ましく、最後には小さな結界を張ることさえできるようになった。


「お疲れ」


 俺は凛の肩を叩いた。


「明日も同じ時間にここで待ってる」


 凛は嬉しそうに頷いた。


「はい、頑張ります!」


 俺たちが訓練場を出ようとしたとき、突然誰かの声が聞こえた。


「おや、蒼宮君と賢樹さん。こんなところで何をしているんだ?」


 振り返ると、そこには狐堂こどう先生が立っていた。鋭い目つきで俺たちを見ている。


「先生……これは、後輩の練習といいますが……」


 俺は言葉に詰まった。


 狐堂先生は意味ありげな笑みを浮かべた。


「面白い組み合わせだね。えっと、明日は日曜日か。じゃあ、明日、職員室に来なさい。二人ともだよ」


 そう言い残して、狐堂先生は去っていった。


 俺と凛は顔を見合わせた。明日の、俺たちを何が待っているのだろうか?

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